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第二話:存続の危機編.16


階段を駆け上る音が聞こえてきた。
東条部長は思わず真剣な顔になって、戸を開ける。
「あれ?・・・ようこちゃん!」
部長は驚いた。
「あ!部長!すいません遅くなって!」
「え?ようこちゃん?!」
桃子もまこもびっくりして、ドアから身を乗り出して外を見た。外は緑の葉っぱがきらきらして、暑いけれど爽やかな風を感じた。
ようこちゃんは元気に階段を駆け上がってきた。
「ああ、実家へは夕方の新幹線で帰ることにしたんです。」
「どうしたの、急に?」
仲良しのまこちゃんは三日前に、昼過ぎの新幹線で帰るという彼女のチケットを見せてもらったばかりだった。
「いや〜ふふふ。自由席で帰るわ。」
「お盆だからきっと自由席空かないよ?」
「ちょっとくらい我慢して立って行っても平気。」
にっこりと言い切る。ショートカットにえくぼがかわいらしい。桃子は扇風機をまこちゃんの方に向けた。部長はやはり不思議になって、聞いてみた。
「来てくれてありがとう。でも、何か有ったんじゃないか?」
「ええ。あのですね。実家に帰るつもりで上野駅まで行ったんですよ。そしたら、庄田さんに会ったんです。」
「さわやか庄田あ〜?!」
ええっと全員が叫んだ。
「はい。随分具合悪そうで、鳥越さんと、恩田さん、本田さんが騙されたって・・・ええと、何から話していいのかしら。」
「まだ時間有るから、落ち着いて話して。」
部長はようこちゃんを隣に座らせた。ようこちゃんは急いで来たせいか汗をかいていたが、目はいきいきとして、夏の日差しのよく似合う女の子だった。額の汗をハンカチでぬぐいながら、彼女は話してくれた。よそいきのギンガムチェックのワンピースはまだまだ高校生のように彼女を若々しく見せた。
「えっと、サンダーバードの皆さんは先日、学生食堂のくじ引きで常磐・スパリゾートハワイアンズの券が当たったんです。それも四人分。お食事付き、往復旅費付き、お土産付き、本人は全く手ぶらでオッケー、お金も持っていく必要はありません、って。皆さん貧乏・・・いえ、お金に余裕のあるブルジョア学生じゃないから、喜んで行ったんです。日帰りするつもりだったんですよ。で、皆で新幹線に乗って行って、遊んで、そしたら・・・。」
「そしたら?」
「恩田さんが熱出しちゃって。とりあえず帰ろうとした時わかったのは、帰りのチケットが・・・」
「チケットが?」
皆手に汗を握る。
「子供料金のチケットだったんです。」
「はあ??」
「払い戻しても、半分しかお金が無くて。で、恩田さんは高熱出しちゃうし、とりあえず恩田さんを無理言って入院させてもらった病院に皆で泊まって、皆で持ってるお金かき集めて・・・」
「ちょっと待って・・・それどういうこと?」
桃子は部長を見る。
「全部、学生連合が仕掛けたでっちあげの旅行プレゼントだな・・・。」
そう言って彼はため息をついた。
「ま、自腹切って彼らを遊ばせてくれたのはありがたいけどね。」
「違いますよ!きっと裏金だわ!」
桃子は怒り出した。
「とりあえず一人帰るだけのお金しか無くなっちゃったから、くじ引きで庄田さんが鈍行で戻ることになったそうです。でも、始発から鈍行で頑張って帰ってきたのはいいけど、恩田さんのハシカが移ってたみたいで・・・。」
それで上野駅でぶっ倒れてたのか・・・。
「それで、私もこのまま庄田さんを見捨てるのもどうかと考えたんですけど、何かまずいことが起こりそうだなと思って、庄田さんは親切な駅員さんに任せて急いで戻ってきちゃいました。」
え、えらい・・・。見事な割り切り方。
だが、もうこれで人数は・・・カウントできる人々を数えてみた。
桃子、部長、ハットリ、まこ、ようこ、・・・の五人。
部員は全員で、桃子、部長、ハットリ、まこ、ようこ、真理子、恩田、本田、庄田の九人。
四分の三いないといけないんだから、部員が六人必要なのだ。
ということは・・・
「ひとり足りな〜い!!」
「五、五人には達していますよ?今。どっちにしろ。」
桃子が言うと、東条部長は腕を組んで言った。
「それが・・・先日解散した手品部の部長に聞いたんだが、やはり当日五名来てたけどそれが全部員の四分の三に満たず、認められなかったらしい。名簿がこれだけの人数いるのに当日集まれる人数がこんなに少ないというのは、実際の活動も五人に満たない可能性があると言われて、四分の三ルールを優先することになったらしい。」
「で、手品部は潰れちゃったんですか!よく納得しましたね!」
気が弱すぎるのではありませんか!と、気の強いようこちゃんはあっけにとられる。部長はため息を吐く。
「規約には、『その他、人数が五名に達していても、十分な活動が期待できないと判断された場合、サークルとして認められない場合もある』と書いてあるんだな、これが。」
「そ、そんな〜」
「ずるーい!その他、とか、場合もある、って規約はナシだ〜」
「手品部はきっと弱みを握られてたんだよ!重美部長!部長は何か公金横領とか隠してませんよね?!」
口々に不平を言ったが、あの強引な学生連合に勝てる学生がこれまでなかなかいなかったところを見ても、そして今回の悪質な嫌がらせを見ても、まともに戦って勝てる相手ではなかったことを今更のように思い知らされるのだった。
庄田が熱さえ出さなければ・・・いやそしたら、ようこちゃんが倒れている庄田を見つけることも無かったのかもしれないが・・・。
皆どうしていいかわからず、呆然と立ち尽くしていた。

そこへ、またしても階段を駆け上がってくる足音・・・ハイヒールの音だ。時計を見ると・・・四時十四分。つまり、正確には四時三分前だった・・・。

*******

その頃、真理子さんとサンダーバードの本田は林の中で数名の敵に取り囲まれていた。杉林は暑い夏の日差しをも遮り、うっすらと暗い。ヤハザルサニー(Ya Hazhal Sannie,レバノン)の前奏が聞こえてきそうな時代劇のアクションシーンさながら、木の陰から何人も現れる忍びの者・・・いや、グラサンの黒装束。見かけはマフィアとかギャングとか言えそうだが、まさか飛び道具など持っているわけはない。突如沈黙を破り、黒装束は空手で飛びかかってきた。
攻撃を払う本田。そして次々かかってくる男達に応戦する。
「うりゃあ〜!」
もともと武道の達人だった本田はかけ声も勇ましく何人もの相手を払い飛ばした。
「フォークダンスで鍛えた足をなめるんじゃないわよ!」
ふくらはぎの筋肉、俗に言う「民舞筋」逞しいおみ足で上段後ろ回し蹴りを決めたのは真理子さん。ぱっと見のかわいらしい印象とは裏腹に、実は何故か空手もたしなむ強いお方だった。
「真理子大丈夫か?!」
「なんのー!」
だが敵は多く、多勢に無勢だった。しばらく戦っているうち、そろそろ疲れが二人の顔に表れている。時間も無い。振り切って逃げる方がいい・・・。
そこへ突風が吹いた。目が眩みそうになって、一瞬二人が動作を止めた時・・・。
しん・・・、と静かになった。
見回すと、黒装束が一斉に散っていった。
「何?どうしたんだ・・・?」
本田は辺りを見回す。もう誰もいなくなっていた。
「もしや・・・。時間切れ・・・?」
二人は立ちつくした。

*******

部屋に飛び込んできたのは二人の人物だった。めずらしく笑顔が無く真剣な目付きで、ぜいぜいと息を切らして飛び込んできたのは、学生連合サークル関係担当委員代表、桜木女史だった。そして、後ろから、確か森本とかいう学ランの男子学生。彼は桜木さんの鞄持ちだ。
「頭に蜘蛛の巣が・・・。」
まこちゃんがおそるおそるハンカチを差し出すが、桜木さんは息も切れ切れ、それを受け取るより前にすることがあるとばかり、森本に目配せした。森本は頷いてドアを閉める。
「大変遅くなりました。ちょうど四時・・・えっ?!」
桜木さんの視線の先にある、十七分進んだ時計を見、部長は慌ててそれを手に取った。
「あ、すみません。十七分進んでますので。四時ちょうど・・・。」
「あ、ああ、そうでした。では、四時になりますので、これ以後このプレハブへの人の出入りは一時的に禁止させてい・・・。」
「ちょっと待って。」
ドアの外で人の声がし、全員振り返った。おお何ということだ。
「祐天寺会長・・・。」
会長がドアを押して入り込んできた。
「はいジャスト、これで締め切りね。オブザーバーも立ち入り可のようだからね。」
彼はくすくすと笑って、桜木さんの頭の蜘蛛の巣を手で取ってあげていた。そんな会長を、何がオブザーバーかとばかり、黙って冷たい目で見ている桜木女史。
桜木さんは会長を無視して、森本の方へ手を出した。例の如く、書類ファイルを受け取ろうとする。
「桜木さん、あの、その手に持ってるのは・・・。」
東条部長に言われて、桜木女史は自分の手にあるのがファイルではないことに気付き、慌てて森本に返した。森本は慌てて、今度はちゃんと正しいファイルを手渡す。
「それ、あちこちに貼ってる偽物のビラですね。」
部長は言った。そう、彼女は時間ぎりぎりまで、学校中の偽ビラをはがし回っていて遅くなったのだ。だが彼女は部長の言葉を無視して、息が整うと何事も無かったかのように穏やかな笑みを浮かべた。ほとけさまのように。
だが、彼女が目で数えた人数が、必要人数足りていないのを知って、「何をやってたの!」とばかり、また一瞬目が恐くなった。桃子は冷や汗をかく。
そこへ、遊行さん達が戻ってきた。
「すみませんがしばらくプレハブには立ち入りを・・・」
「あ、彼等は他大学の人で、オブザーバーだから人数に関係ないですよ。彼等の荷物もここに有るし、いいですか。」
東条部長が言った。桜木さんは荷物を見て、頷いた。遊行さんは森本の持ち物を見て何か理解したように肩をすくめ、笑って、自分たちの集めてきたビラも森本に渡した。
桜木さんはやはり、遊行さんの姿を見ても何の反応もしなかった。まるで、初めて会う全く関係ない人物であるかのように・・・。
「さて、それでは始めさせて頂きます。私は学生連合サークル部門担当、桜木です。杉並大学フォークダンス部の皆さん、立会人の皆さん、本日はお忙しいところお集まり頂きありがとうございます。」
皆立ったままぺこりと頭を下げた。
「さて、本日は杉並大学サークル・同好会規約に基づき、フォークダンス部がサークル基準を満たしているかどうかの判断をさせていただきます。まず、名簿の提出をお願いします。」
これはいつも通りの手順。部長が用意していた名簿を手渡す。
「この中に、幽霊部員や休部の方は含まれていませんね?」
「はい。含まれていません。」
「フォークダンス部のサークル内規約はこちらで預かっている本年度版と変更ありませんね?」
「はい。変更ありません。」
部長は淡々と質問に答えていく。吉乃さんとえりこは息を呑んで遊行さんにくっついていた。
「ごめん、私たち何にもできなくて。」
ひそひそ声で、えりこが隣にいた桃子に言った。桃子は静かに首を横に振る。
「ううん。そんなことない。ありがとう。」
「ここに書いてある名簿は九名になっています。」
「ちょっと待ってください。」
突然東条重美部長が桜木さんの話を遮った。
「何でしょう。」
「私たちはあなた方のやり方に納得していません。」
「サークル・同好会規約に納得がいかないということですか。」
「違います。あなたのやり方に納得がいきません。」
「部長!」
桃子は部長を止めた。
「桜木さんはビラをはがしたり、私たちの味方をしようとしてくれたんですよ。桜木さんのことそんな風に。」
部長は困ったように笑って桃子を見た。
「桃子ちゃん。桜木さんは僕たちの味方じゃないよ。連合の規約通り行動しようとする、連合側の人間だ。ビラをはがしはしても、すべきことをしているだけで、一切こちらに肩入れはしなかっただろ?彼女はあくまで連合側の人間として今日ここに来たんだ。」
東条部長がそう言うと、桜木さんも静かに言った。
「その通りです。先に進めましょう。」
「門が予告も無く閉鎖になってました。」
「急遽工事が必要になったようです。」
「携帯のアンテナがおかしいようだった。」
「学校内設置アンテナが一斉メンテナンスを行っているようです。」
「それにビラ。あれは誰がやったか証拠が無いからそのせいでうちが迷惑を被っても情状酌量の余地はないと」
「そうです。妨害は許しがたいけれど、防ぐことが出来なかった方にも落ち度がある・・・」

「でも、サークル担当さん。」
遠慮がちに、静かな声で発言した者がいた。遊行さんだった。皆驚いて彼を見る。
「部外者なのにすみません。一言言わせてください。・・・あなたはできるだけフェアにやりたいと思ってる。だけど、体制側からフェアじゃない形で妨害されてる。こんな時、あなたは立場のある人間だったとしても、規約ではなく、自分の信念に基づいて行動するべきじゃないの?あなたは本当はそうしたいように見えるんだけど。」
全員黙った。桃子は予想外のことに冷や汗をかく。どうなるんだ一体!緊迫した空気の中、数秒間誰も何も言わなかった。
「ハンデが有ろうと無かろうと・・・。」
やがて桜木さんは、静かな声で言った。
「それでも同じ土俵で戦うべきです。そうやって勝ち上がるのが、弱者が勝者になれる唯一の道です。」
「随分だね。東条達のことをもっとわかってやってくれないかな。あなたは強い人みたいだけど」
「桜木くんは初めから強い女性だったわけじゃないよ。」
それまで黙っていた会長が、何を思ったか聞きとがめて、突然口を出してきた。
「むしろコンプレックスの塊だったさ。それが今や、この僕と張り合うほどの女性に育ったというのは、大変素晴らしいことだ。」

それは桃子も認めた。桜木さんは何が有っても傷つかないわけじゃない。今だって、遊行さんを前に、こんな形での再会に、とても傷付いているんだ。でもそれを決して見せない。いやそれはやはり強いということだ。こんな強さを持った女性はなかなかいないと思う。
だけど、皆が桜木さんのようになれるわけじゃない。勝つ者がいれば負ける者がいる。負けた人だって幸せになりたいんだ。
「コンプレックスって、・・・全国一位で?その美貌で?お嬢様で??」
ハットリ君がまさに驚いたように言った。桜木さんと、祐天寺、このボロ部室にそぐわない立派な人たちだ。きっとフォークダンス部の皆とは住む世界が違うのだとしか思えない。
「そんなこと関係ないよ。そうやってひがむのはまさに、被害妄想の貧乏性コンプレックスだね。」
祐天寺が笑うので、なに〜〜と思わず桃子達は殺気立った。
「会長は黙ってて頂けませんか。これを終わらせてしまいましょう。」
桜木さんはすましたように言った。何があっても動じないとはまったくたいした女性であった。祐天寺会長も肩をすくめて言う。
「先を急ぐこともないと思うけどね。まあ、黙っていよう。」



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written by Nanori Hikitsu 2005