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第二話:存続の危機編.12


「何ですって、部室に桜木さんが来たの?!」
真理子さんはあきれたように桃子を問い詰めた。
「え、ええ、まあ。一緒にごはん食べて・・・。」
「おお。桃子ちゃんでかした。その調子で桜木女史をこっちにつけるんだよ。」
恩田は嬉しそうに桃子の肩を叩いた。はあ。
「でも、それは駄目そうでしたよ。期限はあと一ヵ月半ですって、念を押されちゃいました。」
桃子はため息をつく。
「なんのなんの、仲良くなっちゃえばこっちのもんよ。」
ははははと本田は大笑い。そうは言ってもそれとこれとは話が違うって・・・。
桃子は何だか切ない。桜木さんの想い人というのが、もしかしてあの遊行さんなのではないかと思って、桃子はずっと悩んでいたのだ。他の誰もそんなこと思いつかなければいいのだが・・・。
「ね、やっぱりそう思うでしょ?彼女、祐天寺のことなんてコケにしてるわよ。祐天寺、いい気味。」
「え〜。祐天寺は別に、桜木女史には恐くて手出すつもりもないんじゃん?」
真理子さんはサンダーバード達とひそひそ何やら話している。今日は水曜日なので依田さんもいて、部室はごみごみと賑やかだ。ベンチになっている椅子を引っ張り出すとスペースが足りないので、隣のジャズダンスに不当に侵略された分、ついたてをずりずりと移動し、元のスペースまで取り戻してしまった。
「何を話してるの?」
依田さんが興味深そうにサンダーバード達の会話に入り込んだ。
「え、桜木さんの恋人が誰なのかなって。」
どきーんと桃子の心臓が鳴った。
あの煙幕事件の時、依田さんはいなかったし、サンダーバードと真理子さんは合気道部の方に行って話をつけていたので、この中で桜木さんの奇妙な態度を見たのは桃子と重美部長だけだった。にぶちんの重美部長が気付いたかはわからないけれど・・・。しばらく見詰め合っていたあの二人の間には、何か重大な秘密が有るに違いなかった。ということは・・・。
「まあ、誰だっていいじゃない。」
そう言って突然重美部長が手を叩いた。
「とにかく、もう六月も終わる。八月十三日午後四時ジャストの期限まであと一ヶ月半も切ったし、これからテストシーズン及び夏期休暇が来ることを考えると、状況は更に危うい。それまでに一年生をだな」
「あら。私たちが帰ってきたから大丈夫よ。どんな嫌がらせされるかわからないからぎりぎりまで隠しとくけど。」
「いや・・・その、今はいいとしても、今後を考えると、一年生がいないのはつらいよ。一人でも多く入れておいた方がいいしな。」
と言う重美部長だったが、桃子には彼の言外のセリフを読み取る超能力が有った。
「おまえら四人まとめていついなくなるかわからないのが不安なのだ!」
・・・なーんて。
「とにかく、またえりこちゃん達が協力してくれるって言うから、勧誘デモとかいろいろやってみましょうよ。」
桃子は言ってみる。そして、遊行さんを連れてきてもらう。フォークダンス部のいるところにいつも必ず桜木さんは現われる。サークルとの損得勘定無しに、会わせてあげたいというのが桃子の希望だった。
他の皆にばれるとこの話が、桜木さんを脅迫したりだとかいう方へ持っていかれてしまうのではないかという恐れもあった。もし本当に相手が遊行さんだったら・・・。
優子ちゃん、とあの時遊行さんは呟いた。桃子は遊行さんのことをよく知らないし、彼が以前杉並大文学部にいたのかどうかなど聞いたことも無いが、彼は三年生という学年よりかなり年が上に見えるし、少なくとも二人は知り合いのはず。そして「優子ちゃん・・・」だって。その響きを思い浮かべると、自然に顔がにまにまと笑ってしまった。
「何にまにましてるの〜?」
依田さんが桃子の顔を見て言う。
「い、いえ、何でも。」
こほん、と咳払い。

話は決まって、早速勧誘活動を強化することになった。また人気の無い場所では恐い目に遭うかも知れないし、今日から毎回、いつもの旧ロッカールームで体験教室のようなことをやってみる。真理子とサンダーバード達は連合に状況を把握されない為にしばらく復帰を公表せず、その間に周囲の警戒をし、また例会を妨害されそうになったらそれを阻止する役目を果たすことになった。
「ちょっとずつ、地道な活動が大事だよ。」
東条重美部長は腕を組んで自分でうなずきながら言う。
「この楽しさは体験してみないとわからないからな。一度気軽に踊ってみてもらうのもいいかもしれん。」
「そうですね。」
桃子もにこにこ相槌を打つ。今日の部長はちょっと頼もしく見える。

さて、授業の空き時間に印刷室へ行き、今後の例会日程と体験しませんかという文句を入れたビラを作った。そして例会の直前に、桃子が例の「かわいい」格好で一年生らしき人々に「今日だけ、見るだけでもいいから!」とビラを配りまくる。一女は意外に素直に受け取ってくれたが、来ることはあまり期待できそうもない。男性の方は・・・。
「僕、もう二年なんで。」
「興味無いです。」
「もうサークル入ってるから。」
ってな感じでビラを受け取ってもくれない。
「今日だけでいいんです〜。一度だけでいいんです〜。来てくれたらお茶くらいおごります〜。かわいい女の子(他大学の)もいます〜」
と怪しげな勧誘を繰り広げる桃子。どこかの学部の教授が、若いっていいねえと意味不明のことを呟きながらにこやかに通り過ぎてゆかれた。
近くでビラを配っている部長はと見ると、・・・いわずもがな。さっぱり役に立ちそうに無い。
「履歴書に、趣味はフォークダンスと書くと、就職の面接の時いい話題になりますよ。どうですか。」
そりゃ一瞬ネタにはなるかもしれんが・・・。

とにかく例会は始まった。女の子の二人連れがおそるおそるやってきて、それから何故か、小柄でぼーっとした、しかし真面目そうな一男が一人、
「就職に役立つって友達がこのビラをくれて・・・」
と、その友達にからかわれた事に気付いていないらしい様子でやってきた。
まあ、上等でしょう。ということで、えりこや吉乃さん、そして遊行さんも懲りずに(自ら進んで?)来てくれ、まずまず楽しい例会が行われた。女の子達も少し楽しそうだったので安心し、その日の例会は無事終了した。
それから、次の例会の時にも三人の一年生は来てくれて、ちょっといい感じ。ふむ。桃子も上機嫌だった。
時々、桜木さんが通りかかって窓から覗くのを、一人用心深く窓を観察していた桃子は満足げに見ていた。
しばらく穏やかな日々が続いた。

が、七月になり、テスト期間が近付いてくる頃、ちょっと残念なことが起こった。というか、まあわかっていたことではあるが。
「院試が来月に迫ってねえ。申し訳ないけど。」
依田さんが大学院入試の為、一月ほど休部しなければならなくなったのだ。
「八月末には終わるから、そうしたら戻ってくるけど、それまで持ちこたえてくれるかなあ。」
「大丈夫です!頑張ります!」
皆非常に寂しく思ったが、そういうことなら仕方が無い。
「新入生ももしかしたらちゃんと入ってくれるかもしれないし。僕もたまには顔を出すから。」
「部室にお昼食べに来てくださいよ〜。」
桃子はちょっとうるうるしてしまった。

星のアイコン


「でも、もう次の例会でテスト二週間前だから、それからしばらく例会もできないし、どうにもなりませんねえ。」
桃子はポニーの丘で部長と作戦会議をしながら、寂しそうに膝を抱える。足を蚊に襲われるのも嫌でそのポーズだったのだが。日陰のベンチにいると、地面の湿度が心地よいくらいで、少し涼しかった。ここから見渡せるグラウンドでは男子サッカー部が炎天下で汗まみれになっている。皆一生懸命だなあと思った。
「ちょうど変な時期に当たってしまったよな。夏休み期間でも普段なら合宿や強化練習をしているけれど、新入生勧誘は普段の例会でするもんなんだよな。夏休みに入ってまで学校出てくるほどサークルに浸ってくれるには、今来てくれている新入生もまだまだ時間がいるよなあ。」
「もうちょっとできることがあったでしょうかねえ。」
「ま、そんなこと今更考えても仕方ないよ。これからできそうなことは何でもやってみよう。」
頼もしく「見える」ところが東条重美部長のいいところだ。

夏学期最後の例会には(まさか、本当にサークルとして活動できる最後の例会になったりして・・・)、大野・福徳や、それ以外の大学からもいろんな人がたくさん来てくれ、最近不穏な動きは無いので真理子さんやサンダーバードもこの日は加わり、狭いスペースながら楽しく踊った。
窓から桜木さんが覗いているのを見つけ、桃子は途中のフリータイムで部屋を抜け出した。
「あら。」
桜木さんは実験が終わったばかりなのか白衣姿で、一人で立っていた。にっこりといつもの上品な笑顔を桃子に向けた。桃子は何と言っていいかわからず、しばらくあの、そのともぐもぐ何か言っていたが、
「一緒に踊りませんか。」
と、訳のわからないことを言ってしまった。
桜木さんはびっくりしていたが、また笑顔に戻って、いけないわけではないけど、特定のサークルに参加するのは立場上よろしくないから遠慮しておくわ、と言った。そうだろうなあ。
「よその大学の方もたくさんいらしてるの?」
ふと桜木さんが言った。
「はい。あの、福徳大とか・・・あわわ。」
わ、しまった。口が滑ってしまった。だが桜木さんは特に反応しない。
「結構いろんな大学のフォークダンス部と交流があるんですよ。それで、サークルが潰れないように、皆応援してくれてるんです。」
「そう。」
「あの、わかってます。もちろん、期日までに人数を集めなければ、特例なんてことは無いんだって。誰がどんな不当な邪魔しても、決まりは決まりだから。最後まで頑張ります。」
桜木さんはきりっとした目つきをして、桃子を見ながら、黙って頷いた。桃子の言葉にご満足だったようだ。頑張って、と応援してくれているのかな、と桃子は勝手に思ってみる。
それからしばらく、外が暗くなって逆に明るく見え始めた窓の中をじっと覗いていた桜木さんは、桃子に視線を戻さないまま、言う。
「それにしても、楽しそうね。」
遊行さんの踊りはとてもかっこいい。ぴっと筋の通った感じで、男性曲を踊る姿は、その跳躍、足に手のひらを打ちつける動き「チャパス」、切れのいいターン、無駄が無く、余裕さえ感じさせ、見ているだけでうきうきした。民舞仲間であることを、桃子が自慢にさえ思うくらい。
桜木さんは今そんな彼の姿を、どんな思いで見ているのだろう。いや、こういう毅然とした女性は感傷なんてものともせず、ただ黙々と自分の職務を果たし続けるのだろうか。
このサークルが潰れたら、こうして遊行さんの姿を見ることがなくなるのだとしても、それでも。



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アイコンSimple Lifeより
written by Nanori Hikitsu 2004