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第二話:存続の危機編.7


さて、夕方からサークルの例会が始まる。いつものように三人でフロアの掃除から始め、電気も点けて、明るい雰囲気の中踊り始める。床は意外に踊るのに適していた。滑らないし滑らなさすぎない。今やすっかり書類ゴミも片づいて、使えば使うほど立派なダンスルームになるように感じた。
そこへ、やってきた人物がいた。音楽がうるさかったので、その人物が声をかけたのもノックも聞こえなかったのかもしれないが、突然ドアがぎちぎちと開いた。
驚いて見ると、戸口には女の子がいた。髪の毛を一つに縛り、大きめなバッグを肩にかけて、おそるおそる覗き込んでいたのは・・・。
「えりこちゃん!」
桃子は思わず駆け寄った。
「桃子ちゃん!久しぶり!」
「遊びに来てくれたの?」
二人でぴょんぴょん飛び跳ねながら手を取り合っていると、男性陣がぼんやりと見ているので、桃子は彼女を紹介した。
「大野女子大の同期、四宮さんです。」
「どうも、お邪魔します。四宮です。桃子ちゃんと同じ、二年です。よろしくお願いします。」
「よろしくー。大野女子にもフォークダンス部が有るんですか?」
依田さんが自己紹介して話に加わってきた。部長と四宮は顔見知りではあったので軽く挨拶して、それから思いがけないゲストを交えて例会は再開された。
他大学の例会に参加するというのも学生の間ではよくあることで、特に学校が近い場合授業が終わった後でもかけつけられるし、この杉並大と大野女子は交流の多い大学同士だった。
「聞いたよ。今大変なんだって?」
手を取り合い、踊りながら二人は異郷でやっと巡り会った同胞のように結束し、たくさんしゃべった。四宮は遠慮しつつチェーンの一番後ろにくっついていた。
「うん。存続の危機よ。」
「でもこんなところで、頑張ってるねえ。体育館に行ったら別の団体が使ってたから、あれっと思って部室に行ってみたの。そしたらこの場所のメモ書きがあって。わっ、わっ、間違えた。」
しゃべって踊っているとこういうことになる。
四宮えりこは桃子とも仲の良い同期で、あちこちのパーティでもよく一緒に踊っている仲だった。彼女はラウンド系の踊りや、ロシアの踊りが得意な子で、端から見ているとちょっと人目を引く。東条部長と四宮でロシアのカップルダンス「カマリンスカヤ」を踊ったりもし、依田さんの為の基礎ステップ練にも彼女は熱心に参加していた。彼女はちょっときれいな細い子で、背丈は桃子と同じくらいだが指が細長くてきれいだ。連取しているとどきどきしてちょっと掌が汗ばんでしまうくらい。今日はピンクのTシャツを着て、薄緑と紫の花柄のスカートを履いていた。大分日が長くなっていたので、5時を過ぎてもまだまだ明るい。夕方の日差しが窓から降ってきて、この狭い部屋にも穏やかな空気が積もっていた。男性陣も黙っていたがなんとなく、女の子達が仲良さそうにして踊っているのを感じよく眺めていた。
「今度うちの三年の指導部長、吉乃さんと遊行さん達も連れてくるね。知ってるでしょ?」
「高幡さんでなく?」
「違うって。自分の方こそあの東条さんって」
ギャーまさかーやめて、とひそひそ、どうやら恋話でからかいあい始めた様子だったが、ほらほら、と話の読めない部長がとりあえず遮ってみた。
「パートタイムだ。コール始めるよ。」

例会が終わって、皆でご飯を食べに行こうとえりこも誘ったが、彼女は今日はもう帰らなくちゃいけないと、先に一人帰ることになった。
「ほんと、ありがとうね!今度そっちの例会にも行くよ。」
「こちらこそありがとう。お疲れ様。」
時間はまだ七時で、夏至の頃だったから空はまだうすぼんやりと明るい。えりこはにこにこと部長や依田さんに礼儀正しく挨拶して帰っていった。良い子だねえと依田さんも笑っている。

星のアイコン

女性の悲鳴が、夕暮れのキャンパスに響いた。
初めにそれを聞きつけたのは、なんと道場から引き上げてきたばかりの合気道同好会「蘭」の面々。
「何だー!」
恩田本田庄田は声のした方に向かって突進していった。
「おーい!どうした!」
夏で、空はまだ明るくとも、この木立の中に入ると濃い影に覆われた石段はかなり薄暗くなっていた。
突如、わっと蜘蛛の子を散らしたように、闇に紛れて見えなかった黒装束の人々が四散した。
「ま、待て!」
庄田は勇ましく挑んでいくふりをしたが、そもそも大勢のうち誰を捕まえて良いのかわからなかったし、彼等には「蘭」の面々を相手にする意志など無かった。あっという間に人の気配は立ち去ってしまった。
「勇ちゃん、圭ちゃん、よっちゃん、あそこ、あっちよ!」
鳥越真理子は石段のところに座り込んでいる女の子を見つけ、駆け寄っていった。
「ねえ、大丈夫?!」
「あ、は、はい・・・。」
座り込んでいた女の子は意外に平静な声だったので、真理子もほっとして、肩に手をかけた。
「どうしたの?何かされた?」
「い、いいえ、ありがとうございました。」
女の子もほっとしたように立ち上がって真理子を見た。
「とにかくいらっしゃい・・・どうしよう。私たち部室が無いから・・・」
「こういう時に部室があればなあ。」
恩田が言う。
「馬鹿ね。こんな時ってどんな時よ。こんな非常事態そんなに無いわよ。守衛さんのところへ行こうか・・・」
「だ、大丈夫です。ちょっとびっくりして。変な人達に取り囲まれて、変なこと言われたんです。それだけです。」
「変なこと?!」
「フォークダンス部を解散しろ。さもないと恐ろしいことが起きるぞ、って・・・。」
さすがにサンダーバードも動揺した。女の子は学生のようだったが、既に落ち着いて、しっかりした口調で話していた。
「とりあえず、明るい所へ行きましょ。」
食堂にも談話室にも人が大勢いることだし、真理子は考えあぐねて、かつての部室のことを思い出した。そして皆で、フォークダンス部の部室へと女の子を連れて行ったのであった。

「・・・で、怪我はしませんでしたか?他に何かされましたか?」
落ち着いた声で言う東条部長はこういう時非常に頼もしく見えた。例会後踊りの打ち合わせの為に練習場に残っていた東条と桃子は、えりこや依田さんが帰ってしばらくした後に、部室に戻った。すると、さっき別れた四宮えりこが、鳥越真理子らに連れられて部室に座っていたのであった。
桃子の方が泣きそうになりながら、彼女はえりこにぴったりくっついている。
「大丈夫です。ご迷惑おかけしてすみません。」
「いや、それはこっちです。申し訳ない。多分我々の為にこんなことに。」
部長は非常に真面目な顔で頭を下げた。
「いえ・・・」
誠実そうな部長に好感を持ったか、えりこは少し笑って見せた。
「でも、それより、あの人達、ひょっとして私を桃子ちゃんと間違えたんじゃないかと思って。それが心配。」
えっと、桃子は驚いた。
「それはそうだな。」
これまでの大体の経緯を聞いていた本田が、口を挟んだ。
「だって、フォークダンス部を解散しろって言ったんだろ?この状況で、大野女子のフォークダンス部を廃部しろって言ってるとは思えん。練習場から女の子が出てきたら、それが桃子ちゃんだと思っても不思議じゃないなあ。」
「わ、私?!なんで?」
「うむ。女子を脅せば効くということだな。・・・まったく許せん。」
「男の風上にも置けないな。」
東条に激しく同意し、白い胴着のままでいかにも強そう(に見える)な本田は怒りもあらわに腕を振り回した。
桃子は桜木さんのことを思い出す。やはり彼女がこんなことまで?そう思うとぞっとする。だが何より、彼等が桃子の大事な友達を恐い目に遭わせたことが許せなかった。
「部長、戦いましょう。」
桃子は立ち上がった。
「冗談じゃないわ。こんな卑劣な真似されて、黙ってられない。えりこちゃんまでこんな目に遭わせて。」
「学生連合と戦うの?!」
真理子さんはちょっとびっくりしたように言った。
「そうです。学生の為の組織なんて言って、都合の悪い部分は平気で切り捨てるような学生連合に、これ以上黙って言うこと聞いてられますか!」
「桃子ちゃんが狙われるんだよ。」
「だったら尚更、黙ってられますか!」
「わかった。私も協力するわ。ねえ、皆も協力するでしょ?勇ちゃん、圭ちゃん、よっちゃん。」
真理子の呼びかけに、もちろん、と声を合わせるサンダーバード。突如肩を組み、やるぞー、おー!と叫び声を上げるその団結力は素晴らしい。彼等の叫びだした大学の校歌と寮歌を前に何と言っていいかわからず、言い出しっぺの桃子を初め、部長もえりこも目を点にしてぽかんと口をあけているしかなかった。



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アイコンSimple Lifeより
written by Nanori Hikitshu 2004