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第二話:存続の危機編.5


「君のことだから心配はいらないだろうが・・・。」
男は革張りの肘掛け椅子に悠然ともたれ、足を組んでいる。乱雑なデスクの上にはウィスキー。
「これまでいくつもの不要なサークルを整理統合し学生連合に貢献してきてくれた実績を買って、君に今年度のサークル部門の代表に就任してもらったんだ。期待しているよ。」
天井から床までガラス張りの窓際に立っていた女性は、手を組みすっきりしたシルエットを緑のヒマラヤ杉の前に浮き立たせている。神妙に見えたその面持ちの瞳をふいに上げ、そしてにこりと笑ってみせる。ゆるやかに巻いた黒髪が健康的にくるりとはねて、その白い手によって背中へ流された。
「恐れ入ります。」
そう言いつつ、彼女は決して口に出さないが、そんなことをいまさら念押しされるいわれは無いのにという不満が鋭い目つきに見て取れた。
「いや、疑っているわけではないんだ。」
そういう男はまだ若い。というよりまさに大学四年生である。ストライプのシャツにカフスボタンを付け、ゆったりと腰掛けてはいるが、年齢は二十二歳。頭脳明晰眉目秀麗と誉れ高いこの男は、俗にありがちな「理事長の息子」などといったものではなく、反対にこの古い歴史を持つ学生自治の担い手「学生連合」を立ち上げた人物の子孫であった。子孫と言ってもまあ、孫である。そして大学卒業後は英国へ留学予定であり、その後は父の会社に入り、跡取りとして会社経営を学ぶことになっていた。ということで将来は安泰、この就職難の時代未だ内定が出ずリクルートスーツで奔走している同期もいるというのに、悠々自適なキャンパスライフを送っている金持ち青年である。とはいえ、金持ち跡取りは金持ち跡取りなりにいろいろと大変なこともあろうが。
「ただ、君は女性だからね。」
余計なことを!我らが桜木女史は一層鋭い目つきで座っている男を見下ろした。

お言葉ですが。とは、彼女は言わない。彼女にも彼女の美学があった。プライドは高いが決して感情を荒立てて自分を不利な状況に陥れたりしない。多弁より一撃が彼女の武器だった。
「今回はフォークダンス部だからね。二年前の「例の件」もあることだし・・・。この件を任せるには少し君が気の毒で。」
さも彼は女性に気遣いをする紳士らしい口調で言い、彼女は神妙に目を伏せはしたが、桜木女史の心中はいかばかり・・・その白いパンプスの踵で顔面蹴りをいれてやろうかと身構えてらしたかもしれない。が、その時男の携帯電話が葬送行進曲を奏で始めた。
「ああ。祐天寺だ。」
男は急いで電話に出ながら桜木さんに詫びるような仕草をした。
今忙しいなどと何言か会話を交わし、そして強引な命令口調で電話を切った。その間も女史は黙ってゆったりとした表情を見せていた。
電話の内容はよくはわからないが、付き合いの長い彼女にはわかっている。これは間違いなく・・・女だ。動揺を隠そうとしつつ一目瞭然なこの慌て様は・・・。
別に彼女はほくそ笑んでいるわけではないのだが、その笑みは彼女に相対している者の心によって違う印象を与える。どう解釈するかはご自由に・・・。そんな風に言っているかのような彼女に、彼女を日頃からよく知っているこの祐天寺学生連合会長も動揺せざるをえない、悪魔のような笑みである。
「とにかく・・・」
咳払いをして会長はまた平静を取り戻し、今度は強い口調で威厳を示した。
「頼むよ。我が学生連合の品位を落としかねないゆゆしき問題だ。先輩が後輩のしかも一年女子に手を出してしかも今当人達は同棲中だって?このような不祥事を起こした部を野放しにはできない。不祥事の噂は今回も、あらゆる手段を使ってもみ消したが、学校側や同窓会から口を出される前に、サークルを解散させる方向へ持っていくのが君の役目だ。」
「承知しております。」
桜木さんは短く答えた。その言葉が終わるか終わらないかのうちに、会長の携帯が今度はトッカータとフーガ、ニ短調を高らかに奏で始めた。

月のアイコン

一方、桃子達はその頃新入部員勧誘に遅まきながら乗り出してきたところだ。現在部員は三名。とりあえず三ヶ月以内に二人入れればいい。この大学は決して学生数も多い方ではないので、サークル成立の基準は一般的に見て決して高くはないが、学生数が少ない分新人獲得も容易ではない。ましてフォークダンスのようなマニアックなサークルでは・・・。そして突然の監査や毎月の活動報告で、幽霊部員がいないかどうかもチェックされてしまい、挙動不審のサークルには警告が来る。小さいサークルも部室や補助を与えてもらえるのだからあまり文句は言えないが。
この際男子の勧誘は諦め、とりあえずサークルを維持するために、狙いやすい女子学生の勧誘をしようということで、東条重美部長、桃子副部長、および依田指導部員兼渉外部員の意見はまとまった。
「とはいえ桃子ちゃんの女の魅力で一男を悩殺するのが一番だとは思うけどなあ〜。」
依田さんは阿呆のように笑って桃子にどつかれた。部長は目を白黒させていたが、まあまあと桃子をなだめると、
「どっちにしろ、桃子ちゃん君にかかっている。女の子はフリルやレエスに彩られたかわいいフォークダンスコスチュームに惹かれて入ってくるもんだ。我がサークル唯一の女子である桃子ちゃんが最高にかわいい格好をして、デモンストレーション。これで話はまとまったろ?」
そう言って一番かわいい衣装を探すべく部室をあさり始めた。まったく、変態すれすれの頼りにならない男達である。

部長が選んだ衣装はかわいいハンガリーの民族衣装で、パニエを履いて赤いスカートを大きく膨らませ、ウェストには前をバッテンに紐で縛ったハイジベルトを着、頭に花付きずきんを被る。そしてフリンジのたくさんついた金銀のエプロンに、ブラウスは提灯袖のフリル付き。
「おお。ばっちり。」
「アンナミラーズとか、メイドさんみたいでいいなあ。もうちょっとスカート短くしたら?」
桃子に蹴られる依田。
「で、何を踊ります?」
「やっぱハンガリーかな。」
「僕は踊れないよ。」
「ハンガリーの難しいのと、誰でも踊れそうなのを交互に踊りましょう。」
デモはあまり目立つところで自由に行うことはできない。だがこの学校は学生の活動に結構寛容なので、授業妨害にならなければ外でいろんな活動をしてもかまわないし、土曜日などはよく吹奏楽部が庭やサークル棟の廊下やその他あちこちで自主練をしている。それに紛れてデモろうという計画である。
広い敷地内を、デッキを持って三人の怪しげな集団はうろうろ歩き回った。武道場の近くに小高い丘(通称「ポニーの丘」)や木のたくさん繁る庭園が有り、その平らなところが空いていたので、早速荷物を置いた。歩道からはよく見えるし、人もたくさん通っているので丁度いい。逆に恥ずかしいとも言えるが・・・。
紙で作ったサークルの看板を立てて、民族衣装を着た桃子と同じくハンガリーの男性の民族衣装を着た重美部長がハンガリーの「マロセイキ・フォルガトゥーシュ」を踊り始めると、華やかなバイオリンの音が道行く人を振り返らせた。くるくる回るハンガリーの踊りは桃子もとても好きだったので何度も練習したものである。数名の通行人が足を留め、去っていき、また別の人達が立ち止まり、依田さんが彼等にさっさとビラを配った。
それからトランシルバニアの「デ・ア・ルングル」。トランシルバニアは国としてはルーマニアだが住んでいるのはハンガリー人だ。このカップルダンスはゆったりとした曲調で、男女手をつないで歩くところから始まるが、男性の跳躍や女性の弛み無い回転が美しい。本当はハンガリーの踊りは決まった振り付けがなく、男性のリードで即興で踊られるのだが、日本の学生の間では最初から最後までフィギュアを決めて皆同じように踊っている。この場合のデモでもそうだった。

と、そこへ先程から気にはなっていたが、怪しい陰が見え隠れし出した。依田さんも交えてマケドンスコディボイチェを踊っていたところだった。桃子はぎょっとする。忍者の如き黒装束・・・いや、黒スーツ姿のおじさん達がすすすすっと現れ、気付くといつの間にか周りを取り囲んでいる!サングラスをしているので目つきはわからないが、ぎろり、と睨まれた気がした。
慌てて部長の方を見ると、動じない様子でうむとうなずいてきた。しかし踊りはやめない。さすが部長、肝が据わっているというものだ。だが何なんだこの恐ろしげな男達は!
その時。
「すいませーん。」
爽やかな声がし、武道場から白装束の若者が片手を上げて走ってきた。



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written by Nanori Hikitshu 2004