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第二話:存続の危機編.4


「どうする?」
「どうしましょう・・・。」

さっきからその繰り返しだった。学生大会。それは講堂に入りきれるだけの学生が(建前としては全学生が)集まって、予算の事などを審議する年に一度の大きな総会なのだが、そこでは各サークルが人数報告をしなければならない。サークルに入っていない人は関係なく講堂に入っていけば良い。サークルに入っている人の場合、虚偽の人数報告ができないよう、全部員のうち二割の欠席は認められるが、申請した人数の部員が一緒に講堂の入り口で受付をし、サークルに確かにその数以上いることを証明するようになっている。そういう事情もあって毎年この学生大会の出席率はいい。現実問題全員入りきれないので、受付を済ますと代表の数名以外は帰ってしまうことも黙認されている。
だが・・・わがフォークダンス部には部員が足りない。最低五人はいないとサークルとして認めてもらえないのだ。この悲惨な現状がとうとう白日の下にさらされる時がやってくるのだ。

「こういう時の裏技って無いんですか?部長ノートには?」
桃子はほとんど期待せずに言ってみる。
「いや・・・部長ノートにもそんなことは書いていないんだな。」
東条重美部長は困ったようにノートをひらひらさせる。それは代々の部長が受け継いでいる、運営ノウハウを書いたマニュアルで、部長の仕事やそのやり方を細かく書いてあるものらしいが、部長以外の人には見せてくれない。多分見られてはまずいことも書いてあるのだと思う。

「とりあえず、依田さんは来てくれますか。」
桃子は部室で一緒にパンをかじっている依田さんを見る。依田さんの懐具合は知らないが、桃子達のようなサークルに打ち込む人々は大抵皆貧乏なので、いつも食堂の横にある通称「自殺パン」を昼食にしている。自殺パンとは・・・誰が言い出したのか知らないが、お金を入れて、欲しい棚のパンの番号を押すと、その棚が前へスライドしてきて、一番前に有るパンが押し出され、潔く取り出し口まで落下してくる自販機のパンのことである。
「まあ、部員になってもいいけど。実験で忙しい時はこられへんで。」
同じ自殺パンでもちょっと高めのカツサンドを食べながら、依田さんは言う。
「いいんです!いいんです!」
桃子は大喜びで部室に有った便箋とペン、そして「入部届け」の書式例を差し出す。
「風前の灯火みたいだなあ。」
そう言って笑う依田さんも物好きな人だ。重美部長は苦笑している。だが入部届を受け取ると、深々と頭を下げた。
「・・・とまあ、これで三人か。」
部長はこの間恩田、本田、庄田の置いていった四人分の退部届をしみじみと眺めながら言う。
「あのこないだ来た学生連合の役員に何と言われるか。」
「それはそれで楽しみな気もしますね。」
桃子は自棄になって笑う。
「それって、桜木ちゃんのこと?」
ふと依田さんが口を出してきた。彼はこの間彼女が来たときいなかったのだが、それでもすぐわかるということはひょっとして彼女、有名な人だったのだろうか?
「依田さん知ってるの?」
「知ってるというか、うちの学科の一つ下の学年に美女が入ってきたって、僕達の間では入学当初から有名だったよ。」
重美部長と同じ三年ということだ。
「へえ、理学部なんだ、あの人。経済学部っぽかったけどね。」
「って桃子ちゃん、何を基準に・・・。」
部長が呆れたように言う。だが依田さんが相づちを打つ。
「そもそも、絶対聖心とかしらゆりとかのイメージだよねえ。」
「初等科から学習院、とか、お茶大でもいいんじゃないですか?」
「いや、それはちょっとどうかな。お茶はマニアック過ぎるって。」
「しもじもの生活を知る社会勉強で、大学は名前は悪くない共学にしてみましたって感じ。」
桃子と依田さんが盛り上がっているので部長はついていけずに目を点にしている。
「おいおい、話を戻そうよ。とにかく、部員五名を一週間後の学生大会までに揃えるのは無理そうだ。ということは、正直に現状を話して、三ヶ月の猶予のうちにあと二人入れるか、もしくは恩田達に戻ってきてもらうしかない、ということになるかな。」
現実に引き戻されて、桃子もしぶしぶ相づちをうつ。これ以上ごまかしはきかないということだ。
「四月五月と全くダメだったのに今後三ヶ月でどうなるかわからないけど。」
「ダメだったら私たちどうなるんですか。」
部長が悲観的なことを言うので、つい悲壮な声を出してしまう。すると依田さんが笑った。
「ダメだったらダメだったで、同好会としてこないだみたいにすればいいよ。三人でも楽しいやん。」
「楽しい・・・?」
桃子は思わず復唱した。
「まあ、そうなりますね。」
部長も苦笑しつつ、優しい目で桃子を見ている。
「桃子ちゃんにも大変な思いさせて済まないね。もっと純粋に踊りを楽しむ集まりだったらよかったな。」
「部長ぉ〜〜〜。」
感動のシーンが繰り広げられそうになったところを、まあまあ、と依田さんがげらげら笑って遮った。
「まだ三ヶ月有るんやし、楽しくいこうよ。楽しく。はははははは。」

「・・・以上、予算に関して全ての承認をいただき、今回の予算審議を終わりたいと思います。」
聞いていない学生がほとんどだと思うが、学生大会会場は大きな拍手で包まれた。プリントをがさごそとめくる音が客席に続き、それから目安箱の投書に関する審議が始まる。それから、その他大学に出す要望や大学側からの要求、キャンパスの芝生に関する注意事項など、桃子も依田さんも黙って聞いていた。周りは何故か女性が多く、彼女達は総会そっちのけでおしゃべりに花を咲かせ、デパ地下で買ってきたというお弁当をこっそり食べている子もいる。
しかし何故か、真面目な東条重美部長は、プリントにいちいちメモを書き込んだり、また予算のページをめくり返し、前年度との比較がなんたらかんたら桃子に話しかけてくるのも、彼女ははあ、とかええ、とか言いながら聞き流していた。あまり話に同意したりして、部長をその気にさせると、壇上のマイクまで行って質問でもされかねない。目立つことをしないに超したことはない。
講堂へ入ってくるとき、入り口にはカウンターを持った学生連合の役員達が日本野鳥の会の人達さながら目を光らせ、ものすごい勢いでカチカチと音を立てていた。
カチ、カチ、カチと三回鳴らして動作を止めた眼鏡の男の目が不気味だった。だが彼は表情を変えず、特に何も言わず、重美部長が受付で書きこんだ、
「(団体名)フォークダンス部・(部長)東条重美・(部員数)三名」
という書き込み欄をちらっと見て、横に確認印をぽんと押した。
そして三部の大会資料を手渡してくれたのは・・・あの美しい桜木さんだった・・・。彼女は他の団体にするのと同じように、一人一人ににっこりと会釈し、そして次の団体に対する仕事を続けたのであった。

もちろん、ここでの人数申告に対する処置は、準備の都合上この大会で審議することができない。それはちょっと気が楽ではあるが、後日お知らせが来るのを待っている自分たちを想像すると、なんともやるせない気分である。ところが。大会の最後になって、突如、壇上のテーブルについていたあの美しい桜木さんが、立ち上がった。
「ここで、サークル担当よりお話があります。」
その姿に似合う美しい声と、高貴な雰囲気に、思わず会場中の学生が話をやめた。
もちろん一番心臓が止まりそうになったのは重美部長と桃子である。
桜木さんは美しい指を絡めるようにマイクを持ち、ちょっと指で叩いてマイクがオンになっているのを確認したのち、にこりと笑ってしゃべり出した。
「サークル担当の桜木です。本日は、入場の際サークルの人数確認にご協力頂きありがとうございました。」
げげげ、っと思わず桃子は小さくなる。
「サークルの件で、少し注意事項があります。」
ひえ、と桃子は席に埋もれるように身をかがめた。おいおい、と依田さんが隣で笑った。
「最近、活動を許可されていない場所での活動や、ブース外への荷物の保管行為が目立ちます。心当たりのあるサークルは、今後お気をつけください。」
「なに、なに。うちのサークル??許可されてない場所って。」
「いや、あれは学生課から許可受けてるだろ?」
おろおろとうろたえる桃子と部長。彼等が心配しているのは、フォークダンス部で最近活動場所として使っている、あの学生課のゴミ捨て場になっていた建物のことである。桜木さんは続ける。
「新入部員が多くて大変なサークルも有るかと思われますが、そろそろ落ち着いてきた頃だと思うので、他のサークルに迷惑をかけないよう、各自決められたブース面積は守るようにお願い致します。」
「ああ。隣のジャズダンスのことだよ!それとなく注意してくれたんだ!」
「いい人じゃないですか、桜木さん!」
ほっとして部長と桃子で盛り上がっていると、突然釘が刺された。
「また、サークル・同好会規約の基準に満たない団体、条件をクリアした団体に関しましては、順次それに応じた処置をしていくことをお願い致します。正式にご通知致しますのでお待ち下さい。」
「・・・・・・。」
またどよーんと盛り下がる二人。
隣で依田さんが、はははは、と笑いながらあくびをしていた。
季節はもう五月半ば。もう一月もすれば梅雨の訪れる、湿気を含んだ空気が、カーテンの隙間から窓を通して降り注ぐ、穏やかな日差しに温められる午後。学生達はそれぞれに美しい悩みを抱えて、この講堂にひとときのぬくもりと共に、不気味な温帯低気圧を体感するのだった。



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written by Nanori Hikitshu 2004