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第二話:存続の危機編.3


急遽例会に参加することになった今日初対面の依田さんが、踊りを全く知らないので、初めは知らなくても踊れそうな、マケドニアのレスノートという三小節で全部のフィギュアが完結してあとはそのくりかえしである曲を踊った。その他イバニッツァなどの割と単純な曲をかける。
依田さんは踊りは初めてのようだったが結構楽しそうで、げらげら笑っている。歩いているだけだけれど踊りに乗れているようである。
「桃子ちゃんコール頼むよ。」
突然部長に言われて桃子は固まる。
「部長、私コールってまだ一度練習したことしかないんですけど。」
コールというのは、曲を皆に講習することである。学生民舞サークルでは交代で、新しい曲や今年度初めて踊る曲を皆に教えるのである。
「じゃあ、練習と思って。」
「準備してないですよ!」
「プレスカバック・コロとかならいけるだろ?」
セルビアの簡単な踊りだ。手を叩いたりするので楽しい。それなら踊れるけれど・・・。
「でも資料も見たこと無いし。去年の今頃真理子先輩がコールしてるのを見ただけで、あとは適当に踊ってました・・・。」
「それなら十分。いつもちゃんと踊ってたし。」
部長はにこにこしてる。そういえばあの曲は、例の事件に関わる、軟派四年生の彼女、真理子さんが去年のコーラーだった。真理子さんはおしゃれな感じのするかわいい人で、普段怒った所など見たこともなかったが。優柔不断なこの重美部長の態度に怒り狂って、「(当時)四年がサポートしてかわいい(当時)一女がいればこのサークルに私らのような(当時)二年はいらないんでしょ」と同期を引き連れ出て行ってしまったのだよなあ、とちょっと遠い目をする。その桃子の思っていることがわかったのか、重美部長はほらほらと声をかける。
「とにかく実践が大事だよ。こんな状況だから返ってやりやすいだろ?」
「そうそう。マニュアルや慣例にこだわってちゃつまんないよ。」
わけのわかっていない依田さんまでせっついてくる。
「わかりましたよ。では。」
桃子はプレスカバック・コロの入ったテープを探す。今時カセットテープかと依田さんは妙に感心していた。
「それでは、セルビアの、プレスカバック・コロという曲のコールを始めます。」
「セルビア?ユーゴスラビアだっけかあ。」
「はい。まず初めに踊ってみます。」
どきどきしながら、ああこんなメンバーで緊張することもないなと思い直す。本当なら、たくさんの新入生や同期、先輩達の円の中心へ、真剣なまなざしの前に、一人立っていかねばならなかったのだ。本当なら、何週間も前から資料を読んでフィギュアをチェックし、先輩に確認して何度も練習し、当日の朝からちょっとどきどきしながら迎えたはずの初本格コール。簡単な曲とはいえがたがたに緊張していたに違いないのに。今日は朝から小屋掃除、突然依田さんが現れ、急に例会を開始し、そしてコールか。白衣姿のまま。不思議だ。笑うしかない。
「楽しそうだなあ。かけ声も入るんだ。」
曲を止めると依田さんが笑っていた。
「そうなんですよ。いつも楽しそうに踊ってるのが桃子ちゃんのいいところで。」
重美部長までそう言うので桃子はちょっと赤くなった。
踊って見せたところで、今度は詳しい説明に入っていく。まず連手の仕方、進む方向・・・あ、まずは、全員で手をつなぎ、三人しかいないから大きな円は作れないので・・・もっと十何人もいることにして、大きな円を想定する。コーラーである桃子が引っ張っていく形で先頭につく。
「この皆で取り囲んでいる大きな円の真ん中を、円心、その百八十度後ろが円外です。踊りの進行方向は、大きな円を反時計回りに進む方向です。」
「おお、なるほど。僕たちから見たら右の方向ね。」
「LOD方向って言うんです。つなぐ手はブイホールド。隣の人と手をつないで下に降ろすと、隣の人と自分の手の間がVの字になります。」
「どこがV?」
「ここ、ここ。この状態から肘を曲げて手首を上に持ってくると、Wホールド。」
「ダブリューねえ。言われてみると。」
「右手のひらが上向き、左手のひらは下向き。手のつなぎ方も全員で揃えないと。」
「ああ、わかったわかった。決まってんだ。」
依田さんがいちいち話しかけてくると会話形式になってしまうので、とても戸惑う。去年の例会ではそんな感じではなかったがなあ。もっと皆真剣な顔で聞いて、無言で習っていたものだが。
しかし、部長を見ると、何も言わないものの始終にこにこしている。こんな機嫌の良い重美さんも久しぶりである。そういえばここ一ヶ月、平日はほとんど毎日対策会議と称して部室にたむろし、顔を合わせていたが、その間一度も踊っていなかったのだった。やはり踊っている時と普段では彼も変わるのかも知れない。または、久しぶりに踊りに接するのが楽しいのかも知れない。

質問攻めにされながら何とかかんとか説明を終え、曲をかけて皆で踊る。部長が再生ボタンを押すと流れてくるイントロに桃子の胸は躍った。

曲が終わって次にかける曲を選んでいた時、ひょこっと顔を出した者がいた。
「恩田!」
思わず部長がつぶやく。次のテープを選んでいた桃子も、カセットレーベルの曲名を読んでいた依田さんもふと顔を上げた。
「それに、本田に庄田!」
「やあ。」
「やあ。」
「久しいな。」
なんと、様々な風体の男性三名がそこへ勢揃いしていた。思いがけない人物の出現に桃子もあっけにとられ、ぽかんと口を開けてしまった。
「さんだーばーどの先輩達!」
三年生部員は本来、東条重美部長、事件の被害者鳥越真理子さんに加え、彼等、恩田さん、本田さん、庄田さんという通称三田ーバードの計五名。三人の男達は実は真理子さんの取り巻き連中で、「幼馴染みの真理子ちゃんを泣かせる奴は俺たちが許さん」と、例の軟派OBに決闘を申し込んだとか申し込まないとか。とにかく、入ってくるのもやめるのも皆真理子ちゃんと一緒のなかよし三人組なのだ。
「恩田、本田、庄田、おまえたち!戻ってきてくれたのか!」
重美部長はろれつが回らないがそう言い放ち、感動したような顔をした。
だが背の高い恩田は演出しているのかちょっとニヒルな感じで笑うと、重美部長の子犬のような目から視線をそらした。
「あいかわらず甘いやつだな、東条。」
「俺たちは様子を見に来ただけだよ。さっきから妙に怪しい音楽が流れてきてるからなあ。」
そう言うのは学ランを着た眉の濃い本田。
「そうそう、こんな人気のない所で、怪しげな音楽流して、奇妙な踊り踊ってちゃあ、何かの宗教研究会と思われるぞ。」
そう言ってさわやかに笑う、テニスラケットを持ちカーディガンに腕を通さず肩に羽織った青年が庄田。
奇妙なって・・・自分だってついこの間まで、と反論しそうになる桃子を制して、東条重美部長が進み出る。
「・・・鳥越さんは?」
彼はいかにも気にしないかのように言う。
「真理子ちゃんは、僕達とテニス同好会に入ってるんだ。今更熱心な大きいサークルに入ることも無いし。」
また四人一緒かいと桃子は笑顔を作りつつ内心唖然としている。
「まあ、さすがにかつてのサークルがどうなってるか気になってね。桃子ちゃんはまだいたんだ。それと・・・そちらは・・・」
「あ、理学部四年の依田です。」
「四年の新入部員ですか。新入部員までいるんだったら、将来安泰ですねえ。」
庄田青年は言うことは酷いのだが、あんまりさわやかに言うので、皮肉なのか悪気無く言ってるのか何なのかいまいちよくわからない。笑いかけられた桃子と依田は冷や汗をかきつつつられて作り笑いを返してしまった。
「なあ、戻ってくるつもりはないのか。」
部長は最後の粘りを見せた。だが恩田は言う。
「残念ながら、真理子が戻らないって言うからには、俺たちも戻らないよ。」
「いい歳して、金魚のフンかー。」
依田さんが口を挟むと、本田がじろりと睨んだ。
「東条が真理子を侮辱したんだろ。あの軟派男や一女の味方をするんだから、俺たちだって納得いかないさ。」
「彼女を侮辱してもいないし、先輩に味方してもないよ。抗議はできても、プライベートなことにまで部長としての立場から口を出して謝罪要求もできないし、そんなことで一年生を強制退部させることだってできない。」
「最終的にはあの一年もいられなくなってやめたんだろ?だったら強制退部させればよかったじゃないか。東条さん一女には甘いよな。」
恩田が嫌みったらしく言う。
「鳥越さんを納得させるために?俺たちの代で唯一の女子だったからって、彼女の機嫌を取るためにサークルを動かすなんておかしい。かずちゃんだって退部させられる理由なんか無いさ。」
そう、東条先輩は始終そんな感じだったのだ。それで業を煮やした真理子さんは恩田、本田、庄田を引き連れて出て行ってしまった。四年生がいなくなってから彼女一人がこのサークルでどれほどの力を持っていたか、よくぞ見せつけてくれたものだ。
はあ。
桃子がため息をついていると、さわやか庄田が振り返って笑いかけた。
「そうそう、もうすぐ学生大会だろ。部員人数申告するんだよな。僕たち四人はカウントしないでくれよ。部室の机に退部届置いてきたから。」
そうさわやかにとどめをさすと、三人はとっとと帰っていった。



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written by Nanori Hikitshu 2004