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第二話:存続の危機編.2


ちょうど四月分の体育館使用申請の時にサークル内部でトラブルが起こっていたせいで、実は四月、今までの活動日に体育館が取れなかった。しかたなく、体育館会議には「四月は他大学との練習があるので市民体育館を借りる(予定)」と不審に思われながら括弧付けの報告をし、結局市民体育館も借りられていない。確かに考えてみれば、ジャズダンス部が何もしなくても、現在のフォークダンス部の実情がよそに漏れる端緒はいくらでもあるのだった。だが「十八人もの人数が卒業していなくなった」というインパクトの下、何人残っているはずだという具体的なイメージもサークル外のほとんどの人が持っていないだろうし、あの事件でもめたせいでサークルが崩壊しかかっていることを知っている人はいないと思う。サークルをボイコット中の三年生が言いふらさない限り・・・。
だが「あのこと」が学生連合にばれでもしたら、いくら卒業生の仕業とはいえ、ただで済むとも思えない。学生にあるまじき不祥事としてサークル審議会にかけられ、即活動停止、部室も取り上げ、同好会としても存続不可、にならないとも限らない。なにしろ伝統と品行を重んじる学風、毎年選挙で選ばれる学生連合執行部の体質を考えると・・・。
前途は多難である。

しかしいつまでも活動を休止して部室で毎日緊急会議をしているわけにいかず、二年の角倉桃子は自主的に学内の活動場所を探し、ついに明日から五月、という日に、取り壊し間近の旧ロッカールームの小屋をみつけた。その学生用のロッカーももう新しいロッカールームに移動したし、今は普通のフロアとして使えるはずだと聞いた。
ここの管理は学生連合の下にはなく、大昔教室として使っていたからか何故か大学学生課の管轄だった。かろうじて電気は点くが、古いのでガラスも薄汚れ、資料の一時保管場所という名目でいらなくなったプリントやパンフレット、要するに資源ゴミが山と積まれていて、これを片付けねば踊るどころではない。

「これはまたえらく酷い場所だな。」
三年の東条重美部長は目を丸くして、床に平積みしてある紙々を見ている。
「桃子ちゃん、ダンスサークルだって言ったんだろうな?なんでこんなところ貸してくれたんだ?」
「さあ・・・守衛さんに相談して見つけたんだけど、手続き上は案外簡単に借りられましたよ。それに、学生課では、ここの資料は秘密文書とかじゃないから、自由にどかしてもかまわないって言われました。」
「・・・つまり、ついでに片付けろと?」
「・・・というか、ついでに踊っても良いよ、という感じでした。」
ふたりは思わずため息をつく。
重美部長が理学部だったので桃子も彼の白衣を借り、二人して白衣にマスク、軍手という怪しいいでたちで片付けに取りかかった。桃子は髪が埃をかぶらないように、部室に有った、造花の縫いつけられた古い三角ずきんまで被っているので怪しさ倍増。見ると本当に十数年前のパンフレットや、他大学から送られてきた郵便物が不要になってそのまま投げ込まれているようで、どう考えてもゴミ捨て場に移動する労力を惜しんでいるだけだったようだ。それに何故かマガジン等の古雑誌も・・・?
荷造り紐で数十センチ分ずつ束ね、部長が借りてきた台車にどんどん乗せ、指定のゴミ捨て場まで押していく。格好が格好だけにかなり汗だくになって作業したが、日が暮れても十分の一くらいしか終わらず、電気をつけて更に数時間頑張ったがようやく六畳分くらいのスペースが空いただけだ。まあこれで上出来だろうということで、その日は作業終了。これでも大分目処がたったと二人して喜々としつつよろけながら帰った。

しかし喜びもつかの間。次の日の朝また行ってみると、なんと、新たな資源ゴミが、昨日空けたスペースに投げ込まれていた!
「誰がこんなことを〜」
桃子は情けなくなって思わずへたり込んでしまう。ここは学生課のゴミ捨て場か〜と、二人で叫んでいるところへ、突如音を立てて戸を開けた者がいた。

びっくりして振り返ると、束ねた少年雑誌やパソコンのモニターを台車に乗せて押してきた若者が、一人これまた驚いたように立っていた。若者は、三年生か四年生くらいだろうか。背が高く、めがねをかけて、赤いTシャツの上に半袖のシャツを羽織ってジーパンをはいたごく普通の学生である。だが彼は見てはいけないものでも見たかのようにぽかんと目と口を開いて桃子達の方を見ていた。そして思わず台車ごと後ずさろうとするのを見て、桃子は立ち上がった。
「ちょっと!ここにゴミ捨てたのあなたですか!」
そう言う白衣に花柄三角巾、SARS予防にも使えそうな実験用マスクをした人型らしき二人組が、宇宙人ではなく本当に普通の人間だとわかってほっとしたのか、乱入男は頭をかきながら、愛想笑いした。
「いやー、すんません。モニターはもちろん粗大ゴミ置き場まで持ってきますよ。資源ゴミだけここに捨てさせてもらおうかと思って。」
「なんですって!ここはゴミ捨て場じゃありませんよ!」
へえ、と若者は再び目を丸くする。
「先輩達に言われていつもゴミ捨ててたんですけどね。四月からこの隣の建物の研究室に出入りしてるもんで。」
「院生の方ですか・・・。」
重美先輩は呆れたようにつぶやく。
「いや、まだ学部四年で。試験は八月です。いやーすいません、ここは古新聞古雑誌、資源ゴミを捨てる場所だと思いこんでましたよ。ははははは」
何だかさわやかに笑っている若者を見て、桃子は脱力した。

「悪い悪い」
と言いながら、その四年生は片づけを手伝ってくれた。男性二人いるとやはり効率が違う。あっという間にようやく数名で踊れるだけのスペースが空いた。お礼に部長がその依田さんという四年生とついでに桃子に学食のパンと缶ジュースを買ってきてくれたので、三人で面積を広げ雑巾がけをしたばかりのフロアに座って休憩した。
「そのずきんはすごいなあ。花までついて。」
依田さんが関心したように言う。まだ汚そうな床に座るのに抵抗が有ったので、白衣を来たまま、ずきんをたたみ、桃子は口をとがらせた。
「これは日常用ではありません。衣装です。もう使ってない色あせたずきんなんで部室にたくさんありますよ。」
「へえ。こんな所でそんな格好で踊るなんて、何の踊りのサークル?」
「フォークダ・・・世界の民族舞踊です。白衣は着ませんけどね。」
「民族舞踊?」
依田さんはちょっと不思議そうな顔をした。
「太鼓叩いたりするやつ?槍とか火の点いた棒とか持ってドンドコドンドコ」
「そんなわけないでしょ!」
思わず桃子が叫ぶと、重美部長は笑った。
「まあ、ああいうのも立派な民族舞踊だし。そう怒ることもないさ。」
「だって」
「桃子ちゃんも盆踊り踊ったことあるだろ。あれもその一種じゃないか。」
そう言われると、桃子は変な気がして首をかしげる。確かに保育園や小学校でも盆踊りは習ったし、地域のお祭りでは普通に皆踊っていた。だがあれが民族舞踊という意識もこれまで無かったのは確かだ。だって、桃子はこのサークルに入るまで民族舞踊と言われてぴんとこなかったし、今でもここでやっていることだけが民舞だという認識しか無かったのだ。彼女にとって民舞は民舞でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。ブルガリアのショプスカ・ラチニッツァやスウェーデンのハンボ、ルーマニアのシルバは民舞だが、アフリカンダンスやバリダンスが民舞かどうかは知らない。日本の盆踊りもだ。桃子にとって、このサークルでやっていることは非常に狭い意味での民族舞踊で、非常に広い意味でのフォークダンスであって、そういうものを現在この世界の学生達は「フォークダンス」とも「民族舞踊」とも微妙に区別して「民舞」と共通認識を持って非常に的確に言い表していた。
だが世間一般のこの踊りに対する認識がとても実態からかけはなれているのと同様、自分たちも本当に現地の踊りを習ったわけではないし、桃子自身民族舞踊なんて知っちゃいないのではないか、とふと思った。

「・・・なるほど、フォークダンスね。ふむ、確かにフォーク、ダンス、と直訳すれば民族の、舞踊、だねえ。」
依田さんはちょっと興味深そうに言う。
「で、どこの民族?」
「東ヨーロッパとか。バルカンとか。イスラエルとか。アメリカとメキシコも。あ、イギリスも有りますね。あとえーと・・・。」
「ずいぶんあちこちですねえ。それで、世界の民族舞踊、か。そう言う以外確かに一言じゃ説明できませんね。おもしろいなあ。そんなことしてるのか。ははは。」
依田さんはまた笑っている。知り合ったばかりなのにもうずっと前からの友達みたいに馴染んでいる。おもしろいのは依田さんである。
「一回見てみたいや。ちょっと見せてよ。」
「依田さん時間有るの?」
「ああ。土曜だし。実験は泊まりがけで終わったし。・・・眠いけどね。ははは」
桃子は重美部長と顔を見合わせる。折角スペースが空いたのだから、早速踊ってフロアの具合を確認したい気もする。
その小屋の入り口に、ちゃんと用意しておいた、「ゴミ捨て場ではありません」の張り紙をしてから、一旦部室に戻る。自分のダンスシューズは部室に置いていたが、着るものがないのでとりあえず白衣のまま。そして再生デッキと音楽テープを持ってきた。
「まだ埃がたちますよ。」
「じゃあ窓とドア開けとこう。」
依田さんが高いところの窓も開けてくれた。ぶわっと部屋が数年ぶりに空気を吸い込んだような音がした。
「今年度初の例会か。まさかこんなに落ちぶれるとは思わなかったがなあ。」
「立派なフロアですよ!では部長よろしく!」
「ではっ!・・・整列!」
うっ、と桃子は一瞬固まってしまう。昨年度までは、部長の前に男女が向かい合ってずらりと二列に並んでいたのだが、それをこの人数で実践すると、依田さんと桃子が新郎新婦の指輪交換、部長が神父という位置関係になってしまうので、すぐ思い直して、桃子と依田さんが横に並んで部長と向かい合った。
「それでは、五月一日土曜日!本年度第一回目の例会を始めます!」
「よろしくおねがいします!」
依田さんと白衣姿の桃子は大声で答唱した。



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written by Nanori Hikitshu 2004