ラウンドの女王編p43


エントリーナンバー1番はなんと歌子姫と春木さんだった。トップなんて不利だと普通なら思うだろうが、二人は何も気にしていない様子だ。むしろ人に印象付けるチャンスとばかり、気障と思われることも厭わずいつもの派手な振る舞いを見せつけようと、黄色い薔薇を腕に抱えた紅いチャイナドレスの歌子姫を、細身の黒っぽいスーツに嫌みでない小さな蝶ネクタイをした春木氏がエスコートして登場した。
 いきなり華の有るペアが現れたものだから、会場は盛り上がった。この場において歌子姫が有名なのかどうかはわからないが、美形の男女が受けるのは当然といえば当然だ。えりこも見惚れてしまう。別に親友とかいうわけではないけれど、変に歪んでしまった関係では有るけれど、えりこの好きな人。そう思っただけで、華やかな舞台で光彩を放つ歌子姫が誇らしく、涙が出そうになった。
 二人は花を床に置くと手を取り合う。二人の選んだ曲は「Love story」。ある愛の詩という古い映画のテーマソングをタンゴ調にアレンジしたものだ。二人はオープンフェイシングポジション(男女向き合い、男性の右手と女性の左手を繋いで立つ)で待ち、はっきりしたリズムの音楽が始まると、繋いだ手を咄嗟にくっと曲げて勢いよく前後に動いた。
 イントロ最後は男性LOD向きのクローズドポジション。歌子姫がハルキさんの肩にかける左手の手首から先はぴんと伸びて、親指人差し指側を相手の体に接着して直角に立てている。(小指側は接着させない)。
 メリハリのある機敏な動き、見事な方向転換、思い切りの良い体重移動。身体を反らせると、歌子姫の細いボディラインが芸術的に美しく見える。チャイナドレスは良かったな! 回転すると裾がくるんと回って太腿に打ちつけられる。水平方向だけでなく垂直方向にもスムーズに動き、春木さんの腕力が全身の力を使って行ったり来たりする歌子姫を完璧に支え、動きの緩急を完全にコントロールしていた。すごい! 何て勢いの有るダンス。カチッカチッと場面場面を決めて、全てが絵になる。えりこは目を見張った。歌子さんが輝いている。表情はクールだがいきいきしてる。彼女のヒールが鳴る度にえりこは彼らの踊りに引き込まれた。歌子さんは賑やかだけど上品な人で、こんな大胆に足を出したりするなんてとっても意外だったけど、衣装も踊りも全てが彼女らしく感じられた――あんなに仲悪そうだった春木さんとこんな合わせづらそうな踊りでぴったり息を合わせているのも、単に二人がそれぞれにハイレベルだからというんじゃなくて、練習を重ね信頼関係を築いて来た証拠なのだ。彼らがお互いのことをどう思ってるのかよくわからないけれど、まあ今はそんなことどうでもいい。しかしとうとう初めに置いた薔薇の位置まで来て、キャンター。音楽は終わった。あっ。終わってしまったんだ。えりこはため息をついて、息を殺して見ていたことにやっと気付いた。引き込まれて、構成なんて考えている暇はなかった。理性的な採点なんてとんでもない。投票なんて難しいんじゃないか。えりこはプリントを見ながら慌ててしまった。

 のんびり待っている時間も無く、次は東北女子学院のびわ、宮城青葉大の久仁賀達也氏ペアによる「Ball and Chain」。えりこは見た事も聞いた事も無い曲だが、なんと黒い浴衣にダンスシューズという変わった格好で、袖をひらひらさせながら動かす手や、離れたり近付いたりする空間の取り方が何とも小粋な感じがして面白い。浴衣でもラウンドって踊れるものなんだなと感心した。植津が意外に興奮して見ていて、えりこの肩を叩きながらあれすごい! と大喜びしているものだからえりこはちょっとびっくりした。彼女はとにかく保守的な人だから他大曲には興味がないと思っていた。
「びわも歌子姫も派手なパフォーマンス好きよね」
 いつの間にか背後にカナリアがいて、植津とえりこの間に割り込むように進入してきた。何なんだ、と植津もびっくりする。
「ああいうのもいいけどさ、ほら見て、マリ・トドロキよ。関西のレジーナって言われる清純派ラウンドダンサー。でもああいうの上手い人はマケドニアなんかも素敵なのよ」
 アナウンスは京都マドンナ女子大等々力万里と、大阪工芸繊維大の虎木靖の名を告げた。二人はハンガリーの民族衣装だ。白地のカロチャ刺繍程ド派手なんじゃなくて、マチョー地方らしい、黒字のベストにカラフルな花蔦模様が入っていて、広がりそうなスカートの落ち着いた衣装だった。マリ・トドロキは憂わしげな目をしまるで民族人形のような雰囲気で立っている。
「彼女のワルツターンは天下一品よ。それにね、彼女本当にお嬢様なのよ。京都のお金持ちのお家で。趣味はお花、お茶、三味線だって。気品が有るわねえ。昨日東京に来た時、加賀友禅だったんだって。帰り見に行きましょうよ」
 なんじゃそらとえりこは思ったが、確かに色白で鼻が低く、どこかおっとりした風情でありながら、きりっと描いた眉がはまり過ぎていて、ちゃらちゃらしてない由緒あるお家のお嬢様に見える。格好だけ真似しても普通の人ならこうはならないだろう。
 曲が始まった。
 このペアが選んだのは「忘れじの感傷(Forgotten Waltz)」。歌子姫が「Love Story」にするかこれにするか迷っていた曲だ。曲のタイトルはトム・ジョーンズの「funny familiar forgotten feelings」。ゆったりした三拍子に身を預け、何とも清らかな軽いステップでマリ・トドロキは回る。かと思えばあれ、と思う程高く足を上げ、ふんわりとした曲線を描いて伸ばす。その波のようなリズムが見ていて心地よく、えりこは知らない踊りだったが踊ってみたいなと感じる。

ゆうべ、彼女が静かに僕の心を通り過ぎていった。眠りに落ちようとしていたその時に。
彼女の手がやさしく触れ、僕の名を囁く。そう、彼女は僕の頬の涙を拭ってくれたんだ。
そしてあの奇妙な、ありふれた、忘れていた感情が、僕の心を占領し始めたんだ。

 割とゆっくり歌ってくれているので英語の歌詞がなんとなくえりこの耳に入って来る。その男性の歌声とマリ・トドロキペアのダンスにうっとりした。

「私この人のワルツ好きだわ」
 おやいつの間に歌子姫が。気が付くとえりこはカナリアと歌子姫に挟まれていた。
「ふん、あなたもそう思う? 足首強いわね。私達と同じ2年生なのに」
「軽ーく踏んでるようで正確で一切無駄がないわよね」
「ええ、虎木くんもすごいタイミングを心得た人のようだわね」
 えりこの右と左でステレオ解説が聞こえる。な、仲悪いのにダンスの話は合うのか。
 静かなエンディングと共に彼らの幕は下り、観衆の賑やかな声が耳に戻ってきた。
 知らないペアが3組踊った後、いよいよ植津の出番だった。カナリアの向こうから出て行く彼女にえりこは手を振った。彼女が踊るのは「ラストワルツ」。福徳大野に有るラウンドの中では一番難しい曲だから、彼女がこれを選んだのはえりこの予想通りだった。ズンチャッチャのテンポが速いので着々と踊りは進んで行く。曲は3分程なのでじっと見ていないとすぐ終わってしまう。実際踊っている方はいっぱいいっぱいで全然短いなんて思わないんだけど。
「リバースターン(逆回転・上から見て反時計回りのワルツターン)、きっちりしてるわね」
「この曲、上手く見せるの難しいのよね。ちまちま踊っちゃうと案外盛り上がらないから。資料通り踊るのはまあできるんだけど」
「3/4回転して、ここ! ここよね。盛り上げるのは……トゥインクルよ。持って行って……ワルツターン……上手く行った」
「もう、そろそろ黙りなさいよ」
「あなたこそうるさい」
 この二人、さっきから絶対人を貶したりしないんだ。もちろん皆上手いんだけど、手間取ったりしてるのを見ても応援するばかりでケチをつけず、良い所をとりたてて挙げてるみたい。上手い人達だから批判もするのかと思った。そう、植津は本当にきっちりした踊りをする。いつもすごい努力をして一つ一つ身に付けているんだ。尊敬する。今どんな思いなんだろう。楽しんでるといいな。顔は真剣そのものだけど。「全てが終わってしまった……言葉はもう何も無い」という歌詞の、1回しか出て来ないパート、えりこは大好きだ。ああ曲が終わってしまうんだなという感じがして寂しくもなる。こういう曲はパーティでもエンディングパートを除いて一番最後にかけて欲しい。そして愛する人とは踊りたくない。悲し過ぎるから。
 悲しいな、と思わずえりこが呟くと、歌子姫も頷いた。悲しいね、って……。
 トワールして、手を開いて、閉じて、キャンターで終わり。ああ、終わっちゃった。拍手の中、にこやかに戻って来ると思った植津が、どういう訳か急に泣き出して一人走って行ってしまった。あれ? どうしたんだろう。

 ここで10分休憩というアナウンスが入ったので、えりこは急いで植津が出て行ったドアへ向かった。会場の外まで行かれてしまうと探しようもなかったが、植津は重いドアのすぐ外にいて、壁にへばりついている。異変に気付いた吉乃さんと葵さんもえりこの後から来ていた。
「うえちゃん? どうかした?」
 えりこが声をかけると、植津はガバッとえりこに抱きついて来た。
「2回目のパートB、失敗した!」
「えっ?」
 そうだっけ? えりこはびっくりした。
「バンジョーポジションになるところと、そこからサイドカーポジションへの移行、どっちも回り過ぎた! それでその後の調子が狂ってずっと仁科さんとタイミング合わなくなった!」
 え、そんなところ……っていうかたったそれだけ? そう言われてみればまあ、途中ちょっとペースが乱れた所が有るには有ったけれど、失敗したという程のことだろうか。フィギュアは間違っていなかったし、狂った所は上手くリカバーしたと思うが。えりこがそう言うと、
「あそこの流れが苦手で何度も何度も練習したのよ! 狂った事自体が失敗なの! イメトレもいつもしてたのに。全部台無しよ!」
「ほんのちょっとのことよ。見てた人はあんまり気にしてないわ」
 吉乃さんが言うが、植津はそれすら自分に許せないようで、口惜しそうに歯を食いしばる。
「あんまり、ってことはやっぱりちょっとは気になっちゃうほどの失敗ってことです。一回一回の踊りが全てなんじゃないんですか。私にとって何度も踊るうちのたった一回でも、それを初めて見た1年生が、こういう踊りなんだって勘違いしてしまったら、その人にとってそれが初めての、一回だけの経験なんです」
「いいじゃない」
「え?」
植津はぽかんと吉乃さんを見上げる。
「私はそれでいいと思うよ?」
「え?」
「見る方も何度も何度も見るのよ。その中から、自分で選ぶのよ。その貴重な一回の経験、ってことで」
 吉乃さんはちょっと困ったような顔をしていたが、多くを語らず、眉を下げて笑っていた。

「えりこちゃんと花音ちゃん、これからでしょ。私達後から行くから、会場にお戻りなさいな」
 葵さんがそう言うと植津はぱっとえりこから離れた。
「あ、あたしも後からすぐ行きます。えりこも花音も一生懸命練習したんだから、皆で見てあげなきゃ」
「そ。流石うえちゃんね。じゃ休憩終わったら戻ってらっしゃいね」
 葵さんは拍子抜けするほどあっさりと植津から離れ、ニコニコ笑いながら行ってしまう。えりこも慌てて後を追った。あの子にはあれでいいのよ、戻ってこなかったらあたしもう一回行くし、って、葵さんはさすが3年生だ。えりこはおろおろしているばかりだった。
 3年生が先にドアの向こうへ行ってしまって、えりこも続いて体育館フロアに入ろうとした時、花音がそっとえりこの側に寄ってきて、言った。
「私のテネシーワルツ、吉乃さんが珍しい音源をくれたんですよ」
「ふーん。そうなんだ」
「すっごくいい音源なんです。吉乃さんが特別に私に」
 急にそんなこと言われてえりこは戸惑う。
「あ、そうなんだ。よかったね」
 そこまで言ってえりこはようやく、花音はえりこを動揺させる目的でそんなこと言ってるのだと気付いた。えりこが素でわからなかったのだと気付いたらしく、花音は初めて不機嫌そうな顔をした。ああ……こうしてくれたら初めからわかりやすかたのに。えりこはぼんやりそんなことを思いつつ、思い通りにならなくていらつく花音がちょっと可愛らしいように感じてしまった。


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忘れじの感傷・・・TOM JONES - funny familiar forgotten feelings

ラストワルツ・・・LAST WALTZ / エンゲルベルト・フンパーディンク

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written by Nanori Hikitsu 2014