ラウンドの女王編p33




「――で、突然僕を呼び出したのは、失恋話を聞いて欲しかったからなんだ?」
 富田くんはそんなに頼りになりそうな男とは思えなかったがとにかく誰にでも親切だし、誰とでも仲良くしている風だし、えりこの知っている限りでは彼女もいないらしいから二人でごはんするくらいいいだろう、福徳大では少数派の府中キャンパスの住人だからえりこの家から近いしまあ他の男を呼び出すよりハードルは低い。そう思って珍しくえりこの方からメールして府中の駅まで呼び出してしまったのだ。
「そういう訳じゃないんだけど」
 えりこは少し氷の溶けかかったアイスコーヒーをぐるぐるかき回す。しまった。本題に入る前に富田くんが雑談なんて始めるからつい昨日歌子姫に会ったことをぺらぺらしゃべってしまった。
「いいよ、そういうこと話してくれて嬉しいよ。えりこちゃんてあまり自分のこと話さないから、同期の中じゃ一番近寄りがたい雰囲気だったからなあ。いろいろ悩んでたんだ」
「ごめん……変な話しちゃって」
「まあ詳しいことはよくわかんないけど、歌子姫はえりこちゃんが好きで、えりこちゃんも歌子姫が好きなら、別にごちゃごちゃした話は気にし過ぎること無いんじゃない? 夏休み明け千葉工科大でパーティ有ったよね。歌子姫も来るんじゃないの。行ってみたら」
「千葉工は遠いんだよなあ……」
「民舞人じゃん。一緒に踊るのが最終的なコミュニケーション手段なんじゃない?」
「え、普通さ、会話とか」
「普通はね。えりこちゃんと歌子姫は普通じゃないよ」
「何それ。どういう意味よ」
 えりこはちょっとむくれた。普通じゃないだと? 歌子姫はともかくえりこはごく普通の、地味な、平凡な人間だと思っている。つまりそれ以下とは思っていない。だが確かに二人の間で会話による解決ができなかったから変な感じにこじれてしまったのだ。二十歳過ぎてこれは確かに恥ずかしい。えりこは手つかずだったハンバーガーを齧りながらばつが悪いのを誤魔化した。ハンバーグもポテトも冷めてしまっている。そのぱさぱさ感に、愚痴なんて言って富田くんに悪かったなとちょっと思った。
「で、さ、本題なんだけど」
えりこは言う。
「うん」
「ラウンド大会ね、本当に出ようと思ってるんだよね?」
「うん、パートナー組んでくれる人がいたらね」
「本当? じゃあ一緒にやらない?」
「わ、嘘、僕でいいの?」
 何だか女の子のような反応だがこいつなら許せる。
「あ、うん。こちらこそ私でよかったら」
「白井と柳沢はいいの? 白井は押しが強いし柳沢は結構したたかだし」
「うん……白井くん私の携帯知らないんじゃないかな? 私も知らないし。まあ何か私じゃ優勝狙ってる彼のお役に立てそうもないし。休み明けにでも言っとくよ」
「柳沢は?」
「何で?」
「いや別に」
「うーん。何か、こっちもちょっとこじれちゃって……私の方から断る形になっちゃってさ。しかもちゃんとフォローできてない気がする」
「やっぱりなあ。こっちもかー。何やってんのえりこちゃん」
「ご、ごめん……」
 別に富田に謝る必要は無いのだがえりこはつい謝ってしまった。
「僕は別に関係無いからいいけど、あいつも悪い奴じゃあないから、あんまり粗末に扱わないでやってよ」
「う、うん……」
 粗末に、なんて言われてしまったが、違うもっと自分は誠実になんて言える程厚顔無恥でも無かった。確かに粗末に扱ってしまったよなあとえりこは反省する。
「あー、別に人のこと口出すつもりないけど、えりこちゃんていい人なのに人と上手くやれないの見てるとなんかほっとけないからなあ。何かごめん」
「ううん。ありがと」
 あまりこの人と深い話したことなかったけど、話してみると思った以上にいい人だった。えりこは赤面して俯く。
 えりこは別に人を馬鹿にしてるって程ではないけれど――ちょっと高慢なところは有ったと思う。いつも男なんてって対抗して。だけど本当に善意の人の前では己を振りかえって恥ずかしくなる。こいつは本当にいい人なのかもしれない。行いを改めよう。えりこは深く反省した。

「で、話戻るけど、何かやりたいのとかもう考えてるの?」
「うーん。四拍子か三拍子だったら四拍子かなあ」
 何となくらんさんに指摘されたことを思い出してえりこはそう言ってしまった。三拍子より四拍子が得意って……いや別に得意じゃないけど、確かにワルツは少し難しいと思う。
 ワルツステップは基本3歩のかたまりで歩くのだが、一歩目が足裏全体を床につけるダウン、二歩目三歩目は踵を上げてつま先立ちするアップ。ダウン、アップ、アップで二歩進んで三歩目を二歩目に揃えて閉じる。前に進むにも回転するにも一曲ほとんどこの形なので、足首が強くないとぶれてふらついてしまう。えりこはあんまり足首が強くないのだ。
「そうだ。富田くん、"忘れじの感傷" か "Love Story" は知ってる?」
「他大曲? 忘れじの感傷は曲だけ知ってる。あれワルツだよね」
「そうなんだ」
「Love StoryはT大O女でよくかかってるね。タンゴじゃなかった?」
 忘れじの感傷。えりこは知らなかったが全日本学生フォークダンス連盟では踊られているが関東フリー校では少なくとも最近ではお目にかからないラウンドダンスで、英語名は"The Forgotten Walts"。"Funny Familiar Forgotten Feelings"というトム・ジョーンズが歌ってるのがそれのようだ。
 "Love Story"は邦題「ある愛の詩」という古いアメリカ映画の主題歌を、タンゴ調にしたラウンドダンス。こちらはえりこも他大学のパーティで見た事があって、かっこいいなと思っておぼろげながら印象に残っている。ワルツにタンゴか……少し躊躇してしまう。
 もちろんワルツだタンゴだ言っても所詮フォークダンスレベルなので社交ダンスのような複雑できっちりと美しい型のダンスをイメージしてはいけない。それに、振り付け構成を各ペアごとに自由に決める競技ダンスと、過去にダンスティーチャーがイントロからエンディングまで振り付けを決めたものを地域も時代も違う人が全員同じように踊るラウンドダンスは根本的に違う。
 そもそもラウンドダンスとは何か。通常民舞人もそんなことはほとんど考えずに踊っていて、「スクエアダンス」に対して「ラウンドダンス」と言っているのだということもあんまり知られていない。どちらもアメリカ発祥のダンスで、作者もやった事がないので今はスクエアダンスについての詳しい説明を省くが、もともとスクエアダンスの合間に踊られていたのがラウンドダンス。名前の通りスクエアの方が四組のカップル(カップルというのは男女一人ずつの組)が正方形を作って踊るのに対し、ラウンドは不特定多数のカップルが大勢で円になる。男性内側女性外側のダブルサークル(二重円。つまり内側の円は全て男、外側の円は全て女となり、各一人ずつでカップルになっている)を作って踊る、円周上の踊りである。そして全てのカップルが全く同じ振り付けで踊る。本格的にラウンドダンスをやっている専門の社会人サークルなどでは「キュアー」という人が存在して、次はどう踊るか、マイクを通して全体に英語でキュー(指示)を出す。曲の間中キューが飛んでいるので結構賑やかだ。しかしラウンドが専門でないフォークダンスサークルで踊る時通常キュアーはいない。そもそもキューってのが無い。いや、使う人もいるけど。えりこ達がやっているのはあくまでフォークダンスの中でのラウンドダンスなので、種類も少なく、ラウンドを本格的にやりたい人はラウンドダンス専門のサークルに行った方がいい。
 とにかく、ワルツ、ツーステップ、タンゴ、チャチャチャといった社交ダンスみたいな動きをメインとして、アメリカの少し古いポピュラーミュージックに乗せて皆同じように踊るカップルダンス。それがフォークダンスにおけるラウンドダンスだ。

「何。えりこちゃんあれやりたいの?」
 富田くんは冷めたポテトを齧りながら言う。
「ううん、いいの。言ってみただけ」
「その2曲を出したってことは何か有るね。探せば資料はネットのどっかから出て来ると思うし、他大に頼めば曲も貰えると思うけど?」
 富田くんは穏やかないい人だけど案外鋭いようで油断ならない。
「うん……一緒に同じのやらない? って言われたんだけど」
 歌子姫に、とは言わなかったが。
「同じのやらないって、面白い誘い方だね。別に変な意味合いじゃないけど、人の彼女に粉かけるみたいな」
「彼女?」
「もちろんもののたとえだけど」
「あ、そう……」
 そうなんだよなあ。ダンスのパートナーを組むというのはそういう面倒臭い側面がちょっと有る気がする。もちろん富田くんの言うようにもののたとえだ。えりこはこのたびめでたく富田くんのパートナーとなりましたので、女同士とはいえ他の子とつるんで自分のとこの男と決めるべきことに影響を及ぼすような発言をするのは慎まねばなりません。とは言わないが。
「ちょっと言われたんだけどどんな曲かよくわからなかったから聞いてみただけ。私は他のもいろいろ考えてるよ。タンゴだったらラ・クンパルシータ(La Cumparsita、アルゼンチン)がうちにあるし」
「あれはラウンドなの?」
「さあ……」
「えりこちゃんのイメージだったら、"There's a kind of Hush" かなと思ったんだけど」
えりこが今年四月に高幡さんとコールした曲だ。
「うーん。あれはあれでよかったけど高幡さんのイメージになっちゃったし、次は他の曲やりたいかも」
 何を思ったか富田くんは身を乗り出してじっとえりこを見た。
「な、何?」
「……何でもない。じゃ、僕はどういうイメージ?」
「そうだなあ――回転系! ポルカ・プシュツ・ノゲとか、アイゼンケイルネストとか」
「ラウンドじゃないじゃん」
 富田くんは軽く笑った。微笑むというか。この人は無邪気にニッコニッコ笑うタイプじゃないんだ。愛想はいいんだけどどこかクールで、時々こっちも戸惑う。
 ポルカ・プシュツ・ノゲ(Polka Prezez Noge)はポーランド、アイゼン・ケイルネスト(Eisen Keilnest)はドイツのカップルダンスで、どちらもクローズドポジションで始終すごい勢いでぐるぐる回る。まともに曲を通して全部踊ってたら目が回ってぶっ倒れしばらく立ち上がれない程だ。だけど以前富田くんと踊った時彼はきちんきちんとステップし決して勢いを止めず一歩で半回転を保ち回り続けるのでえりこは覚悟を決めて体を預け、そうすると息が合ってすんごい勢いで回った。あまりに楽しくて、踊りながら、終わってぶっ倒れてからも、ゲラゲラ笑ってしまったことがある。

「確かにああいうの好きだな。うちにあるラウンドの回転系って言ったら、スノーバード(Snow bird)かな」
「あ、それいい」
「最後ピボットターンでぐるぐる回るとこいいよね」
「ああ、うん! あそこ私も好き」
「1,2,3,4,5,6,7,8、チャン、チャラララランて軽快なイントロ、わくわくするよね」
「うん。私も!」
「ああ、いいかもね。これ。意見が一致してるし。案外えりこちゃんと気が合うんだな」
「うん!」
 踊りの話で盛り上がって目を輝かせて返事をしていたが、ふと我に返ってえりこはどぎまぎした。普段えりこは人とこんな風に夢中に話す事なんて無いのだ。気が合うなんて気軽に言ってくれるなあ。

「じゃそういう方向で考えてみようか」
 富田くんは最後のポテトをぬるいコーヒーで流し込むと、携帯に目を落とした。
「うん。これから大学戻るの?」
「まだ時間有るから戻ろうかな」
「ごめんね勉強中だったのに」
「手が離せないって程じゃないし。昼ごはん食べたかったし。何よりパートナーOKしてくれて嬉しかったよ」
「富田くん大学院行くの?」
 何の脈絡も無く聞いてしまったが、言ってから人の事にこんなに踏み込むべきじゃなかったと、えりこはちょっと後悔した。彼が応用生物科学科とかいうところでバイオの勉強なんかしてる、福徳の民舞では珍しい勉強家だということは皆知っていたけれど。
「あー一応行きたいと思ってます」
「ふうん。まだ2年生なのに偉いなあ」
「北府中まで送ろうか?」
「あ、大丈夫。ありがと。せっかく府中駅まで来たからちょっと買い物してく」
えりこは立ち上がった。

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written by Nanori Hikitsu 2013