ラウンドの女王編p21

ホラ・フェテロールのコールが終わると高槻るりあはすうっとどこかへ行ってしまった。さかなちゃんはえりこの傍にくっついてきて、今日午後のレクリエーションのバーベキューが楽しみですねと話しかけて来た。
「サークルでバーベキューなんて楽しい事するんですね。サークル入ってよかったです。バーベキューなんてしたことなくて」
「そうなんだ? まあ私も河原ときたら芋煮会だったけど。地元の子供会で毎年」
「い、芋煮……? ですか? 芋?」
さかなちゃんは目をパチクリさせている。
「うん……さかなちゃんお家都内だっけ。そういうの無かった?」
「目黒育ちですけどうちの方では無かったです。あ、焼き芋屋さんは見かけることがありますけど……」
「じゃあ芋煮会って都下の行事なのかな? 大きな鍋持って来て、里芋とか肉とか入れて煮るの。何か豚汁みたいな感じだったよ。家では里芋なんて好んで食べなかったけど、ああいう行事になるとすっごく美味しくて、何度もおかわりを」
「あ、芋って里芋なんですか」
「芋煮会、うちの地元でもやってましたよ」
1男の足利照満が割り込んできた。
「山形ですけど、こっちが本場です。江戸時代に始まったっていう伝統行事です。地元じゃ皆あたりまえのようにやってますよ」
「へえー。そうなんだ? 知らなかった」
「へえー」
えりことさかなちゃんは感心して目を輝かせる。
「そっちでそういうのが元々有ったのね。それが伝来してきてたんだ。確かにうちも東京の中では田舎だし、芋煮会って都会の行事じゃあないよね」
「里芋だろうとサツマイモだろうと焼き芋だろうと鍋だろうとその時に有る食べたい物食べればいいのに、里芋の鍋の会、ってわざわざ決まってそういう会をするのも面白いですよね」
「うん、肉食べたい! って人がバーベキューするのはわかるけど、芋って……知らないに人はちょっと謎かも。何で里芋? って」
「里芋じゃなきゃ駄目っすよ! 山形には鍋太郎って直径6mのでかい鍋が有ってですね。毎年大きなイベントやってるんですよ。河原でバーベキューなんつったら、都会人のやることは洒落てるなあと思ってましたね。川で何か食うと行ったら、俺らまず芋煮会って思いますね」
「そうそう、秋にね」
「へえー。えりこさんと話してると面白いなあ」
さかなちゃんは二人の会話を聞いてにこにこ笑ってる。
「面白いのは足利くんと芋煮会で、私じゃあないでしょ?」
「いいえ。えりこさんから何が出て来るか予想がつかなくて、やっぱり面白いですよ」
「そうかなあ」
「俺もえりこさんが芋煮会経験者とは思わなかったですよ。全然そんなイメージじゃないし、東京の人も子供の時から芋煮会やってたんですね」
「あ、うん……イメージじゃないかな」
そんなことを話していると白井と富田がえりこのところに来たので、えりこは昨夜葵さんに聞いたラウンド大会の話を伝え、それにしてもパートナーどうしようかなあ、この二人から選ぶか、柳沢にするか、それとも他の人を誘うのもありなのかなと思っているうちに踊り再開。うーん。雑談していて思ったけど、やっぱり自分よりさかなちゃんや足利照満なんかの1年生を出してあげたい気がする。興味有るかどうかわからないけれど。

 午後のラストパート、最後の整理体操みたいな感じでゆったり踊るパートで簡単な曲が3曲ほどかかった。選曲が、ティノモリ(マケドニア)、ミザルー(ギリシャ)、そしてレスノート(マケドニア)と渋いのは今日の例会担当(曲決め、曲掛け当番)の2男、矢部光典の趣味なんだろう。担当の人によって好みが全然違うので日によって例会の雰囲気が結構違う。矢部の趣味は嫌いじゃないな、と思いながら最後のレスノートを踊っていると、ふと向かいからの視線が気になった。
 レスノートはオープンサークル(円の一部が切れた形で手を繋ぐサークル)の一重円で、かなり単調だが先頭のリーダーの指示でバリエーションが付く踊りである。例会やパーティの最後は大抵これで締めくくられる。7拍子かつターンタンタン(♪♪♪+♪♪+♪♪=スロー、クイック、クイック)のリズムの音楽に決まったフィギュアがついて繰り返される。拍子の条件を満たしていればどの曲でも踊れるのでレスノートと言ってもかなり様々な曲がかかるのである。今日かかっているのはプルバ・リボフ(Прва љубов、マケドニア)、初恋という意味の曲らしい。
 で、皆でずっと同じ動きを続けている中リーダー(先頭の人)が思い立った時に右手をぐるぐる回してから踊りの指示を出すと、それに合わせて全員がターンしたり男性のみ膝をつくダウンという動きをしたりする(女性はフォークダンスの中で決してダウンなど膝をつく動きはしない。ここでは女子はダウンする代わりに基本の動きを続け最後にターン)。またリーダーによっては円周上を動くだけでなくうねうねうしろの人を引っ張って行って、背中方面に半回転したり、渦巻状にどんどん円の中に入って行ったりすることもある。その辺うまいことできるかどうかはリーダーの裁量による。今日は円の対面が少し近くて、向かいの人の顔がすぐ近くにすれ違って行ったのだが、かなりじっと見られている気がしてそっちを見ると、ふと視線を逸らされたのだろうか、高槻るりあが涼しい顔で踊っていた。
 何だろう――? えりこはしばらく彼女の顔を見ていたが、るりあはもうこっちを向かなかった。もしかして人違い、あるいは勘違いだろうか。
 るりあの向かって左隣の3女すみれさんとふと目が合って、彼女がにこっと笑いかけてきた。えりこも慌てて会釈した。すみれさんはこのプルバ・リボフの歌を知っているらしく、女性ボーカルに合わせて歌っている。三年生は踊りながら歌う人が多いのだ。これは強制じゃないので歌いたい人が自主的に資料を手に入れるなり耳コピで意味の全くわからないマケドニア語を覚えるなりして歌うことになっているのだが、サビの部分で皆の声が重なって見事なハーモニーを生み出すと、踊りも盛り上がる。こういう空気はえりこも好きだ。だからその分、誰かがえりこに何か含みの有る視線を向けて来るというのには場にそぐわないような、水を差されたような違和感を覚えた。
 ひょっとしてるりあがえりこを中傷した子なのか? それとも泣いていた方の子? そんなにめそめそ泣くような子には見えないけれど。何となく嫌だなあとえりこは思う。踊りの時くらい何も考えず楽しく過ごしたい。言いたいことがあったら後で聞くからさ……。現実問題あれこれあっても曲がかかり手を繋ぐと何も考えずに楽しめるのがフォークダンスのいいところだと思っていたのに。

 そんなことを思っているうちに曲が終わってしまった。午前の練習は終わりだ。昼から楽しいバーベキュー。食材も設備も炭も河原のバーベキュー場に申込んであるので行って焼いて飲んで食べればいい。手ぶらで行ける結構お手軽なイベントだ。
 ……と皆が喜んでいるところに水を差すのも悪いので黙っていたが、えりこは既に辟易していた。まずこれは実質飲み会だ。それから、それ程焼き肉が好きじゃないわけじゃないが何かハラミという肉が受け付けないのだ。贅沢言っちゃいけないことはわかっているが。レク係の白井と富田がどういう頼み方をしたんだか、とにかく学生用の安いコースを更に値切って最安値にしてもらった結果肉がほとんどホルモン的な、それも和牛ではなく海外の安いホルモンやハラミになってしまったんだろう。ちょっとだけならまだしもここまで脂っこいホルモンばっかり食べさせられるとこれは果たして一般的なバーベキューなのかという疑問と共にえりこもいよいよ拒否反応を起こしてしまう。それこそ芋煮会の方がよかったくらいだ。そういうわけでえりこはキャベツとかタマネギとかトウモロコシとかばかり焼いて食べていたが、実のところ野菜も高いからかそれ程量も多くなく、独り占めするのは返って悪い。仕方なく裏方に回ってジャンジャン肉を焼いた。
 バーベキュー場は屋根までついていて、コンクリートで綺麗に固められ、丸太のベンチが据えられ8人程の席のブースが十も有る広い施設だ。でも九月の平日のせいか団体客はうちのサークルだけで、あとは若者の小さなグループと家族づれがちょこちょこ。同じ班の皆は昼間からがんがんビールを飲んで、えりこの嫌いな展開になりつつある。酔っ払いが盛り上がってる中全くのしらふでいるというのもしんどいものだ。同じ班の女子も飲む子ばかりで皆テンションが高いし、誰とも話す気にならないままえりこは一人ちびちびウーロン茶を飲んでいた。
 ふと見ると背中合わせの別の班にいる高槻るりあが、こっちを振り返って静かにビールを飲んでいた。目が合うと、彼女は反射的にぺこりと頭を下げた。あれ、今度は無視しないのかな。
「えりこさんウーロン茶ですか」
「うん」
「ウーロン茶美味しいですか」
「ううん。コーヒーが飲みたい」
「コーヒー……コーヒーは無いですね」
「ごめん。言ってみただけ」
「いいえ……考えてみたら、お酒飲む人はお酒好きで飲んでるけど、飲めない人は消去法でウーロン茶なんですよね。もっとコーヒーとか、好きな物飲みたいですよね」
「あ、でも飲む人も、安上がりだからビール飲んでるだけで、実はそんな美味いと思って飲んでる訳じゃないってこないだ孝太郎さんが言ってたような」
「まあ、そうかもしれないですねえ。こんな所でカクテルグラス傾けてソルティ・ドッグなんて飲んでたらドン引きですもんね」
 ソルティ・ドッグ。民舞人が一番に覚えるカクテルの名前だ。ソルティドッグ・ラグという曲名のラウンドダンスが有るからだ。まあこの際どうでもいいが。
 高槻るりあはコップに残っていたビールをごくんと飲み干した。えりこは慌ててビンを取って差し出した。
「ありがとうございます」
コップにちょっと口を付けてから、るりあはまた口を開いた。
「えりこさん、指導部長狙ってるんですよね」
「えっ」
唐突だったのでえりこは驚いて、るりあをじっと見た。
「何? 何で?」
その質問には答えず、るりあは膝を組んで言った。
「植津さん派の子はよく思って無いみたいですよ。えりこさんは他大の影響を受け過ぎてて、うちの指導部の伝統に合わないって」
「誰が? どうしてそんなこと」
えりこは一瞬むっとしたが、ふと、おかしいと思った。だって1女がサークルの伝統とか他大の影響とかそんなこと考えるなんて、ありえるだろうか? まだ大学だって前期が終わったところで、三、四カ月週に二回踊ったくらいで何がわかるんだろう。
「ねえ、るりあちゃん、もしかして、三年……上級生とかと1女って話すことよく有るの?」
もしかして、まさか、三年生が一年生に向かって、四宮えりこは駄目だなんて漏らしてるんじゃあるまいか。えりこは想像してさっと血の気が引いた。それは嫌だ。気分悪い。昨夜話した限りでは、女子御三家の中にはえりこのことを内心良く思ってなさそうな人はいなかった。でも3女は他にも強ーい方々が大勢いらっしゃるし、福徳の方々がそういう話をしている可能性も十分有る。そうか……敵が一年生ならまだしも、上級生となるとえりこにはきつい。あの優しい先輩たちが……! 考えると泣けてきた。
「え? ちょっとえりこさん?」
「るりあ何先輩酔わせてんだよ」
いきなりるりあの班にいた1男の柳沢がふらふらっと割って入ってきて、コップの中身をかぱっと真空飲みした。
「先輩は酒飲めないんだからさ。こっちよこしなよ」
「あたしは別に……」
るりあは柳沢にビールを注いでやりながら何か言いかけたが、それ以上ぐずぐず言わなかった。ああ、後輩に気を遣わせてしまうなんて情けない。それでも落ち着かなくて涙を拭いていると、るりあも自分のコップをビールで一杯にし、柳沢と目配せしあってえりこを川の方へ連れて行った。

 河原はえりこの知っている川とは大分違った。上流の方なので大きな白い石がごろごろしていて、川幅も大分狭い。水の勢いも強く水しぶきがあがって、近付くとざわざわいう音が想像より高い。
 他の観光客は川で遊んでいたがバーベキューからは離れたのでサークルの人達にはこちらの話し声も聞こえないだろう。
「で、るりあ、先輩に何言ったの?」
柳沢はいつものようにぼーっとした顔で、決して責めるような口調でなくるりあに尋ねた。るりあはあんなこと言って気の強い子かと思ったら案外動揺していて、気まずそうに下を向いていた。
「あ、全然大したことじゃないの。私が勝手に変な風に考えて」
「いえ、私が悪いんです。つい耳にしたこと何も考えずそのまま言っちゃって」
聞いたようなセリフだ。案外この子えりこと似た所有るんじゃないか。
「で、植津ちゃん派とかいうのが有るんだ?」
るりあは一瞬黙ったが、頷いた。
「知らなかったですか? 京と花音は植津さん推し、守る会の尚美とメイコはえりこさん派、あとは中立、というか、お二人とも好きですし……いえ、それぞれの派の子も反対の先輩が嫌いとかいう訳じゃなくて、どっちが指導部長になって欲しいかって話してたら分かれただけで」
「へえ、大野ではそんなことになってたんだ」
柳沢が言った。えりこもそんなこと知らなかった。驚いた。
「で、指導部の伝統とか言い出したのは佐藤さんなんです。こないだ飲み会で1女の席にいらして民舞とは何かみたいなことを語っておられました」
佐藤さん。福徳大の四年生、元指導副部長だ。えりこが一年の時の三年生なのでえりこももちろんよく知っている。あのタヌキ親父、そんなこと考えてたのかと腹は立ったが、そうか佐藤さんか。二年や三年がえりこがふさわしくないと言った訳じゃないとわかってどっと力が抜けた。
 えりこはようやく気付く。自分がどんなに今の三年生に依存していたか。普段は自分を嫌いな人に好かれたいとは思わないなんて言って、下級生になら何を言われても気にしないことはできたかもしれないけれど、三年生が相手だと話が違う。吉乃さんや葵さんがえりこを可愛がってくれて、まあそんなに引き留めてくれるならこのサークルに残ろうかなと思った、その事実はえりこが思っていたよりずっと大きかった。ここに居場所が有るということは。今やえりこの民舞人としてのアイデンティティですらあるのかもしれない。
「……じゃあ、植津ちゃん派の子達に、私はうちの指導部の伝統に合わないって言ったのは佐藤さんなんだ?」
「はい、1女は佐藤さんの受け売りのようなものですが……まあ妙に納得しちゃって」
 そうだなあ。大学一年生。ずっと同じような環境の子達の中で育って、いざ高校を出て進学してみたら、大学にはいろんな人がいて、自分の全く知らなかった世界観に出会って、良いものも眉つばなものも一通り傾倒してみて、何かにすぐ影響されちゃう時期でもある。中には危ないものも有るから注意はした方がいいが、時にはいろいろ影響されてみるのもいいと思う。後でああああと頭を抱えることになったりもするけれど、それもいい経験だ。そういう経験が無い人生より、有る人生の方が絶対コスパが高いとえりこは思う。
「三年生が言ってるんじゃなくて安心した」
えりこが言うと、一年生の二人は驚いた顔をして口々に言う。
「四年生ならいいんですか? それもちょっと私には……」
「だよね……俺だったら2こ上の方が怖いですけど。俺にとっての三年生でしょ」
「そうかな。三年生と四年生じゃ全然接し方が違うからなあ……」
へえ、と二人は言ったがそれ以上反論はしなかった。絶対納得した顔ではないけれど。

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written by Nanori Hikitsu 2013