ラウンドの女王編p7

どうして歌子姫はあれを踊ったのだろう? えりこの踊りを見て、その不出来に呆れてお手本を見せてくれたのか。馬鹿にしたなら心の中で笑っていればいいのに。この閉鎖的なサークルによそから入って来てかき回すようなこと、彼女の方が下手すると悪印象を残すことになるのだ。実際1女(1年生女子)達が、何あれ、他大の人でしょと眉をひそめて囁き合っていた。但し、この世界でも踊りの上手さを自覚することに関しては誰も非難しない。それだけ上手い人は尊敬され憧れられるのだ。えりこは思わず駆けだした。体育館の扉を開け靴をはくと、歌子姫を追いかけた。彼女は華奢な編みあげサンダルを軽快なリズムで踏み出し、白いレースのついた日傘を太陽の方に向け掲げていた。――何て声をかけよう。いざとなったら何の言葉も思いつかなかった。あの、踊り上手いですね。かな? いやそんなこといちいち言いに行く必要なんて無い。えりこは今日のキャバリート・ブランコに衝撃を受けたことを伝えたかったのだ。だけど上手く言う自信が無い。迷いながら日傘を追って歩いていると、突然歌子姫がくるりとCCW(カウンタークロックワイズ、反時計回り)にピルエットターンして、えりこの方を向いて止まった。えりこはびっくりして立ち止った。
「あっ……」
えりこは言葉に詰まり立ち尽くした。まずい。こんな所まで追いかけて来て、不審に思われていたらどうしよう。そう思っていると、歌子姫が口を開いた。
「四宮えりこさん」
「は、はい!」
びっくりした。何故彼女がえりこの名前を知っているのか。しかもフルネームで。顔さえ知られていないと思っていたのに。
「全日本学生ラウンド選手権に出られるんでしょ」
「え?」
思ってもみない言葉が彼女の口から出て来た。
「い、いいえ、それはまだ……」
「私出るんです。私ね、あなたのことライバルだと思ってるんですよ」
風が吹いて、歌子姫の長い髪が一筋日傘の芯にからみついた。えりこは硬直したように動けなくなり、息を飲んだ。ライバル……? あんな上手い人が、えりこのことをそんな風に?
「わ、私は別にそんな」
えりこは慌てて彼女の言葉を打ち消した。だが歌子姫はそんなこと意に介さず、傘に絡まりそうになった髪を払った。
「一年生の頃から見てました。あなた、他の人とちょっと違う。パーティでラウンドを踊るたびに思ってた。オープンバインの手の動かし方とか、完璧にパートナーに合わせてた」
オープンバイン。歌子姫の言わんとすることはわかった。同じ踊りでも大学によって手の開き方とか角度とか、リズムの取り方とか全然違うので、他大学の人と踊る時は戸惑うことがある。大抵の場合相手の踊り方がわからないので自分のやり方を貫き通す。だけどえりこは誰と組んでも、できる限りその男性のリードに従い、明らかに相手が間違えても自分の知っている踊りを放棄して合わせ、それらしい踊りに見せてしまうことにしている。そんなことを見ている人がいたなんて。だけど、そのことがどんな意味を持っているというのか? それはえりこの美学でもあるけれど、あくまで独りよがりで、パートナーと二人で楽しく踊る為の手段に過ぎない。こうするからと言って上手く踊っているとは言えないのだ。むしろ下手なパートナーの動きを無視して綺麗に踊る方が目立つ。えりこの踊りに目を付けるなんてよっぽど変わってる。謙遜では無くえりこは純粋にそう思って。
「でも、歌子さんみたいな本当に上手い目立つ人からすれば、私の踊りなんて」
「私ね」
歌子姫はずいと進み出て、顔を思い切りえりこに近付けて来た。わ! ファンデーションの香り! えりこはどきまぎした。お人形のような長い睫毛。白い肌と今時珍しい赤いリップ。こうして見ると歌子姫は古典的で正統派の美少女だった。
「私ね、このラウンドもフォークダンスに分類されているからには、やっぱり相手との連帯が何より大事だと思うんです。自分が自分がっていう踊りは美しくないわ!」
「え、ええ……」
「キャバリート・ブランコもそうでしょ。あれはほとんどパートナーから離れて一人で踊ってるみたいだけど、だけど決して一人で踊る踊りじゃないわ。フォークダンスの中には手を繋がないフリーの曲も有るし、ソロパートの有る踊りも結構有るけれど、全部全体の中で踊ってるのだから、その自覚無しに踊れないわ。取り囲んでる人達が手拍子して、掛け声をかけて、横でぐるぐる回って、あれ全体で一つの踊りなのよ。そう思わない? えりこさん」
「は、はい!」
歌子姫は鼻の先をえりこにくっつけんばかりに近寄って来て、熱っぽく語るものだから、その勢いに押されてえりこはただたじたじしていた。
「一人で踊るフォークダンスなんて無いのよ!」
そう言い放つと彼女は満足したようについとえりこから離れた。なんて熱い人なんだ……見かけは物静かそうなのに……。
「そういう訳で、あなたと大会で戦うことを楽しみにしてます。もっとも審査員の眼がどれだけのものかわからないですけれど、ね」
歌子姫はそう言うとスカートの裾を翻し颯爽と去って行った。えりこは何が何だか、わかったようなわからないような変な気分になったが、腕時計を見て慌てて体育館へと戻った。

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written by Nanori Hikitsu 2012