ラウンドの女王編p5

福徳大学第二体育館。八月も半分を過ぎ、残暑はますます厳しい。
今日はフォークダンス部の夏の強化練習会である。この強化練が終わったら、越後湯沢で楽しい合宿。これからしばらく夏真っ盛り、民舞三昧の日々である。
原則的に強化練も合宿も全員参加で、一日中コール、ステップ練などをし、秋の創立パーティでのデモ曲を決め、その練習に入るのである。
えりこにとっては二回目の、「民舞の夏」であった。
部員達は円になって座り、円の一角に、この強化練や合宿を仕切る指導部員達が立っている。大野女子大の指導部長世羅吉乃さんは、夏らしく髪を編み込みにして後ろに一つに結んでいる。にこやかにプリントに目を落とし、全部員に配られた強化練プログラムに関して説明をしていた。
「一年生の皆さんは初めての強化練習会、引き続いて合宿です。無理の無いように、自己管理をきちんとして、練習会に臨みましょう。上級生は例年通り、下級生を指導し、またデモに向けて頑張っていきましょう。そしてくれぐれも羽目を外さないように」
世羅吉乃さんがそう言って締めくくると、司会をしていた福徳大の指導部長、遊行さんが、今度は話を部長に振った。
「ここで、ちょっと時間を貰って、部長から連絡があります」
この福徳大、大野女子大フォークダンス部は、何十年も前から提携して、合同でまるで一つのサークルであるかのように活動してきたが、あくまでそれぞれの大学の独立したサークルである。だから、部長も指導部長もそれぞれの大学にいるのだった。
このサークルの代表、と言うと、福徳の部長、大野の部長の二人ということになるのだが、この年は何故か、「部長」と言うと大野の黄葵さんを皆思い浮かべてしまう。
実際、二人で立って同じ事をしていても、存在感も迫力も、黄部長の方が断然目立ってしまうのだ。福徳の山野弘樹部長はちょっと肩身が狭そうで、だがとってもいい人そうな顔をして、黄さんにこの場も任せるのであった。
「みなさん」
黄さんが口を開くと花が咲く。何故か一斉に、部員達の眠そうだった顔が明るくなる。
「夏休み朝早くからご苦労様です。皆さんももう既に噂を聞き及んでいると思います。お話しするのは、全日本学生ラウンドダンス選手権のことです」
わっと、皆笑って、口々にああだこうだ言い出そうとする。
お静かに、と黄さんはにこやかに笑った。すると瞬時に皆静かになった。さすがだなあ、とえりこは感心して見ていた。
「日本全国の学生民舞サークルが集まって、ラウンドダンスの大会を行うイベントが、十二月二十三日、天皇誕生日に行われるそうです。これは全日のお祭りで、参加してもしなくても何も問題はありません。参加はサークル単位ではなく、個人単位です。でも福徳・大野の看板を背負って立つことには違い有りません」
わあ、と皆顔を見合わせて笑うが、積極的に参加しようと言う人はまだいない。
「ただこれによってサークルのいつもの活動に支障がでることは避けたいと思います」
黄さんがそう言うと、ちょっと雰囲気は盛り下がった。
彼女は一年生、二年生を見渡すと、ちょっと愛おしそうに笑って、続けた。
「三年生達で話し合ったのですが、いずれにしろ私たちが引退した後の話です。出る、出ないは各自に任せます。一年生が出るのであれば、二年生は何らかの方法で指導してあげてください。例会時間をその練習に使うことはできません。詳細はプリントを配ります。以上です」
体育館はざわめく。えりこは前もって黄さんの気持ちを聞いていたので心の準備はできていたけれど。だが、そんなものに出るなどという気持ちにはなかなかなれないのだった。
「先輩」
突如、えりこの同期、大野二年の植津が立ち上がった。
「はい何でしょう」
「これは部長の管轄ですか。それとも指導部ですか」
黄部長は遊行さんや吉乃さんと顔を見合わせる。
「これは、サークルとしては正式な行事にはカウントしません。だから、参加も個人で行ってください、ということです」
「でも、この行事は来サークル年度ですよね」
「何が言いたいのかしら?」
うふふ、と笑って黄部長は耳に髪をかける仕草をした。えりこはただならぬ二人の会話の流れにぎょっとする。
「次期執行部がこれを正式行事にしたいと思った場合のことを考えているんです」
ええっ、とえりこは声に出しそうになった。
植津ってば一体何を言い出すのだろう。次期執行部って言うからには、三年生が引退した後のことを言っているのだが、まだその次期執行部は存在しないのだ。存在しない次期執行部が、現執行部に反対……反対とまでは行かないが、意見するとは普通では考えられないことだった。しかも、植津は、自分が執行部に入ることを前提に物を言っているかのようだった。
「私たちが引退したら、その後のことは二年生に任せます。でも、それまでは、現執行部の方針でいきますよ」
「それじゃあ、間に合わないんです」
植津は真剣な目をしていた。別に偉そうな口をきこうというつもりではなく、ただ単に、何かに情熱を懸けようとしている者の目だった。
「うえちゃんは、サークルを上げてこのイベントに参加して、勝ちたいのね」
「……だって、さっき葵さんだって、選手は福徳・大野を背負って立つんだっておっしゃったでしょ?」
黄部長はにっこりと笑う。それから、指導部長達のところへ寄って行った。
吉乃さんはちょっと心配そうな顔をしていたが、遊行さんも黄葵部長も、ついでに弘樹部長も意外に笑顔で話し合っていた。そりゃあ、二年生も立派な部員だから、サークルの運営に意見や希望を出すのは当然、という声が彼等の間に聞こえた。
植津はじっと彼等の様子を見ている。
一年生はいまいち状況を把握できていないものの、強気な植津の態度にやや戸惑っているようだった。二年は、植津の性格を一応わかってはいるから、また面倒なことを、と思う人もいたし、笑って彼女らしい、と言ったりする人もいた。
「はい、では皆さん」
遊行さんが皆に向かって言った。
「このことはまた話し合いましょう。まだ少し時間もあるし、正式な申し込み期限は十月なので、それまでにできるだけ早く決めるということで。うえちゃん、それでいいかな?」
「はい。わかりました」
たかが暇な学生の思いつきのお祭りと思っていたのに、話が大きくなっていきそうで、えりこはちょっと驚いた。
とにかく今は強化練と合宿。えりこも強化練中に一つ、合宿中に三つコールがあるので、気合い入れていかなければならない。皆立ち上がった。
「それでは、強化練一日目、午前の部を始めます。礼!」
こうして夏の強化練習会は始まったのだった。

……
実は、この合宿中に、伝統的に決めることがあるのだった。
三年生が十一月一杯で引退するにあたって、次期役員選出の為の総会が十一月に行われるのである。役員は建前上立候補者から選ばれるが、できるだけスムーズに話を進めるため、あらかじめ二年生の中で話し合って、誰が何の役職に就くか決めておくのだ。総会では実質信任投票になる。
その前段階の話し合いは、夏合宿の時から始まるのが通例だった。それまでは各自漠然と思うところがあっても、口にしないという暗黙の了解が有ったのである。
えりこは、指導部に入りたいと思っていた。現指導部長の吉乃さんもえりこをとてもかわいがってくれ、彼女に憧れて指導部に入りたいと自然と思っていたのだった。だが、今まであまりはっきり考えた事が無かったが……学年一バルカンダンスのうまい植津は指導部長になりたいだろう。それに、他にも指導部に入りたがる同期はたくさんいる。なにしろ華の指導部……受け継いできた踊りをまた下の学年に引き継いでいく、脈々とした流れの正統な一環に連なるのだ。踊り好きな誰にとっても、指導部でばりばり踊っていくということは憧れなのであった。
一方で、同じ踊り好きでも、よそのサークルに踊りに行って、よそのパーティでの人気曲をもばりばり踊り、それよりなによりばりばり飲んでくることを得意とする人々は、渉外部へ回る。華の指導部に対し、言うなれば「飲みの渉外部」……そのまんまだが。
飲みは置いておくとしても、この閉鎖的なサークルにあって唯一どんどん外に出て、外の空気を取り入れ、良くも悪くもサークルに新風を吹かせるのは渉外部の役目である。
植津はこっちでもいけるじゃないか……。まあ、話し好きの積極的な菊地じゅん辺りがやりたそうなイメージだけど、どうだろう。
それから、ちょっとおっとりして変わり者だけど、下級生にも慕われ面倒見のいいメグは部長に適していると思うし、裁縫が得意で被服大好きのマチは衣装部長……。
それで大体主要な役職は埋まった。残った部員は指導部か渉外、衣装研究部員に回り、財務、副部長 は誰かが兼任。という感じかな。
えりこが一年の時の三年生、もう引退してしまった四年生も、今の執行学年の三年生も、一番適した人が部長や指導部長や、各役職に就いているように思えた。
私たちはどうなんだろう。
えりこは踊りながら、左右の同期達をひとりひとり見回してみる。
誰も彼も、踊りが、サークルのことが大好きな仲間達だった。
どうなるんだろう。波乱が起きなければ良いが……。

「えりこ」
練習も終わって着替えていたところ、植津が話しかけてきた。
「今日はもう帰るでしょ」
「うん」
二人はさっさと着替えると、二人だけで更衣室を出、まだ明るい戸外に出た。
ちょっと大きすぎるいちょうの並木は青々と続いていて、夏の暑い夕日を少しだけ遮ってくれた。
植津の意志の強そうな黒い瞳がいつもと変わりなく、前方を向いている。えりこは彼女が話したがっているのを感じて、少し黙って様子を見ていた。
それに気付いたように、植津はえりこの方を見て笑いかけた。
「あのラウンド選手権のこと、えりこ聞いてたでしょ」
「あ、うん……。S大のパーティの飲み会で、華栄の子とうえちゃん話してたよね」
「そうじゃなくって、もっと前に。えりこは知ってたでしょ」
なんとなく棘を含んでいないでもない、だが悪戯っぽい笑顔にどきりとする。
「吉乃さんに言われてたの?」
「え? 吉乃さん?」
えりこは話が見えずにびっくりする。吉乃さんは我らが指導部長である。
「ううん。何でそんなこと思ったの?」
「遊行さんがね」
ちょっと言い淀むが、植津は続けた。
「ここだけの話えりこちゃんが出るらしいよ……って、さっき他の三年生と話してた。」
「ええっ?!」
それを聞いたえりこもびっくりである。
「何それ! 出るなんて言ってないよ」
「ん? その言い方、出ないとも言ってないってことよね? 吉乃さんに出るように勧められたのね?」
「ち、ちがうって……」
何で吉乃さんにこだわるんだか、えりこは初め何が何だかわからなかった。
「じゃあ何で出るらしい、なんて噂が流れてるのよ」
「噂でしょ! それに、私がその話を聞いたのは、葵さんだよ?」
「葵さん?」
意表を突かれたような顔をして、植津は聞き返してきた。
「うん、たまたま、葵さんが話を受けたばっかりのとき、私がばったり部室で出会ったもんだから、教えてくれたの!」
なあーんだ、と植津は拍子抜けしたように言った。
「何なのよ、一体」
ううん。いいの、と植津が言うが、その頃になるとだんだんえりこも事情がわかってきた。
えりこが指導部に目をかけられているのが、植津にとっては非常に気になることだったのだ。
 もちろん、吉乃さんや遊行さんとは一緒に行動することが多かったし、サークルの役職とかそういったことは別にして、えりこは彼らと最近仲良くしている。だけどそれ以上の事は何も無い。来年度の役職の話などしたこともないし、まして彼らがえりこを指導部に推しているなどといった事実は全く無かった。植津が想像しているようには。彼女の懸念がわからなくもない。植津は指導部長になりたいのだ。あんまりこんなことを言葉にすると彼女もえりこも下卑ているように女子大のお上品な人々には思われるかもしれないが、それは何も悪い事じゃない。ぎらぎらした野心は胸に秘めつつ無言で主張する。彼女らしい。だけどえりこ自身は?やはり指導部長になりたいのだろうか?植津の気の強そうな茶色い瞳を見ているとくらくらしてきた。サークル内での自分の立ち位置とか、自分の性格とか、いろいろ考えてはみるけれど、わかるのは、ああやっぱり自分は遠慮している、ということだった。誰も言葉にしないけれどもう皆わかっている、植津の強い意思に対する遠慮。
 伝統の有る大学にふさわしい、古い校舎に蔦の這う美しい見慣れた景色、蒸し暑く、ぎらぎらと西日の照りつける夏の夕方。友達と二人で黙って、いろんな思いを無言で悟り合い胸が痛いような気がしながら、いやだからこそ何も言わないのが今の彼らにとって礼に適っている気がした。やがて話し合いの場での衝突は避けられないのだから。女の園では女の園においての作法というものが有る。そのことを彼らは了解しあっているのだ。



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written by Nanori Hikitsu 2005