ラウンドの女王編p1

フォークダンスの神が降臨する


ラウンドの女王編

第1章:Queen of Round dance

高幡さんとは踊り的に全然合わない。えりこは今日直感した。
この先輩と普段話をするときは学年の差を越えて割に気が合うような気がするし、えりこはいつも相手に合わせる方だから、極端に癖のある踊り方をする人以外なら大抵誰にでも合わせられる。だが高幡さんとは難しい。
フォークダンスの組み方は、本当はもっといろいろ有ると思うけれど、大きく分けて男女二人の組になるものと、列や円を作って連なるものと二種類有って、彼らの大学サークルでやっているのは後者が多いとはいえ、二人組になる、いわゆるカップル曲というのも結構たくさん有る。カップル曲は一般人が知っているのでは例えばオクラホマミキサーとかいうのとかもそれに含まれるけれど、大学のサークルではよく、ポピュラーな(今となってはもう古いものばかりだが)音楽に振り付けして円周上を移動していくアメリカの「ラウンドダンス」系統のものや、ハンガリーのチャルダッシュというのとか、その他ロシアや西ヨーロッパの踊りなどを踊っている。
さっきから大学のサークルと言っているけれど、これはつまりえりこが所属している「フォークダンス部」のこと。彼女の通っている女子大では、男子がいないとカップル曲ができないこともあって、ちょっと離れたまあまあ近いところにあるF大学民族舞踊研究会と一緒に活動している。F大の民舞の人達はほぼ百パーセント男性だ。そうじゃなきゃわざわざ女子大と一緒に活動する意味も無い。
とにかくその民舞……そうそう、フォークダンス部や民族舞踊研究会のような、世界の民族舞踊を踊っているサークルを彼らは「みんぶ」と略している。その民舞に入ってえりこは二年目になる。今日は週二回有る活動日の一日で、例会終了後、えりこはコール練をしているところだった。彼女は次回の例会時、皆に踊りを教える役割をする「コール」の当番になっていたのだ。
一緒にコールするのはF大三年生の高幡さん。サークル(円)やチェーンに繋がって踊るような「シングル曲」ならコーラーは一人なのだが、カップル曲の場合男女ペアでコールする。曲目はカーペンターズの「There's a kind of Hush」という曲で、女の子がコールしたがる人気曲だ。4拍子の割とゆっくりした曲だから難しくはないのだけれど、さっきから高幡さんと曲無しでゆっくり踊っていると、えりこは違和感を感じて仕方がなかった。

「曲かけるよー。」
踊り方の細かい確認と指示が終わってから、指導部長の世羅吉乃さんが再生ボタンを押す。今時MDじゃなくカセットテープで練習するサークルも珍しいが、毎回当番制の例会担当者が、たくさん作っておいた、様々な曲がランダムに入ったカセットテープの中からあらかじめテープの頭出しをしておいて、例会でかける曲を全て準備しておくうちに曲名を憶えられるからという理由で、カセットを使うのがこのサークルの方針だった。ちょっと緊張しながらえりこは高幡さんとクローズドポジションに組む。いわゆる、社交ダンスやシンデレラが舞踏会で踊るような格好、女性右腕、男性左腕を伸ばし、女性の手を男性の手のひらの上に乗せ、男性の右手は女性の腰の上から肩甲骨の辺りを押さえ、女性は男性の腕の上から肩の向こうに、手を置く、という体勢。おなかは引っ込め、上体は互いにちょっと反らすように。胸を張って平行に向かい合う。イントロ。それから一度進行方向の手を離し、一歩下がって、進行方向に手を広げる。それから近付いて、セミクローズドポジションへ。
「えりこちゃんは大体いいんだけどさ。」
イントロ、Aパート、Bパートが終わった辺りで吉乃さんは曲を止める。
「孝太郎はうろ覚えなんじゃない?」
「資料読んだよ」
「ほんと?」
吉乃さんは資料をうちわのようにして扇ぎながら笑う。彼女は三年生だ。サークルには指導部というのが有って、コール時のコーラーの指導を分担して担当し、年間指導計画を立て、部員にステップ練をさせ、ステージの時は踊りを指導したり隊形を考えたりする。サークルの中で中心になって曲を受け継ぎ、次代に伝えていく役割が有る。
「じゃあ、もう一回初めから」
「はい」
曲がかかる。1,2,3,4,5,6,7,8・・・えりこは頭の中で数えて急いで足を引く。イントロが終わり、セミクローズドポジション。まずはツーステップで歩くだけなのだが・・・。
この違和感は何なんだろう?
「孝太郎、違うよ。さっきはちゃんとやってたじゃん。えりこちゃんが困ってるでしょ」
「おう。悪い」
吉乃さんは高幡さんがちゃんと憶えてきていないのを見破っていて、そして多分コール当日まで彼がこの踊りのことなど失念しているであろうということまでわかっていて、今日のコール練の時間内にどうにか憶えさせようと必死なのだ。だからあまり細かいことまで見てくれる暇がない。そんな高幡さんに、表面はにこやかに接している吉乃さんだが、だんだん目が恐くなっている。下級生のえりことしては立場に困るが、なんとなくこのぼーっとした高幡さんのお陰で自分が人前に出てコールするという不安が段々薄れてきている気がする。人前で踊って見せ、それから言葉と動作で踊りの説明をする。こういうことは苦手だった。でも上級生が一緒にいてくれたら少し楽だ。この高幡さんじゃあ、あまり頼りにはならないかもしれないけれど。同期の男の子とではなく三年生と踊れるのも、なんとなく嬉しい。そんな風にいろいろ考えていると、心地よい緊張と期待で胸が高鳴る。とにかく憧れのカップル曲の初コール!

一年生の時はコールはしなかった。コールは二年生からだ。先輩達がその国の民族衣装を着てとても格好良く皆の前でデモしているのがとても素敵だと思った。ブルガリアのチェーンダンスやアルバニアの女性舞踊、ロシアのカップルも好きだったが、やはりラウンドダンスに憧れる。くるくる回ったり、流れるようにワルツを踏んだりするのは素敵だ。スカートが綺麗な軌跡を描いて広がるのも。民族衣装は着られないが、ラウンドが綺麗に踊れるようになりたいとえりこは思っていた。
だがなんだかこう、高幡さんとはなんだかこう、うまくいかないのだ。他の男の子とだったら、相手が踊りをおおまかに憶えてさえいれば、大抵相手に合わせて踊れる。パーティの時はラウンドダンスばかりたくさんかかるコーナー「ラウンドパート」を楽しみに、ネットで見つけた資料なんかを印刷して、電車の中で予習していく程だった。ちょっとは自信も有った。それなのに。ツーステップターンはおろか、ただ単にツーステップで歩くだけでも、高幡さんとは合わせられない! 右足から前にステップ、左足を右足の隣にクローズ、また右足を前にステップ。今度は逆足で同じ事をする。それだけのこと。何度やってみても変な感じは無くならず、えりこはだんだんへこんできた。誰とでもうまく合わせられるなんて、思い上がってたんだろうかと思う。

「えりこ苦労してんじゃない?」
にこにこと同期の植津が近寄ってきた。彼女は学年で一番踊りのうまい子で、多分来年は指導部長になるんだろうとぼんやり思っていた。足を間違わず綺麗に四角を描いてボックス移動する練習をしながら、えりこはそんな彼女に笑ってみせる。
「なんかさあ、自信が無くなっちゃったよ」
「そうだねえ、見てたけど、高幡さん全然憶えようとしてないみたいだねえ」
「そういうことじゃなくってさ」
なんと説明したらいいのか迷った。
「なんか全然踊り合わなくて」
へえ、と植津は言う。それから彼女は階段のところに腰掛けて、別のコール練を眺めている。他のコール練の曲をかけている間、えりこ達は休憩なのである。彼女は自主的に練習していたのだが。
「確かにね。私も高幡さんあわせにくいと思ったよ。カウント極端に先走るし。ま、皆が皆合うわけじゃないし、仕方ないんじゃない?」
「そうかな」
「うん」
えりこはじっと植津の笑顔を見る。彼女はいつものようににこにこしている。
「こらあー!孝太郎は資料読んでなさい!」
吉乃さんが怒鳴るので見ると、高幡さんが体育館の隅で他の暇な部員と一緒にバスケを始めてしまったようである。
体育館にはルーマニアの民族楽器「ナイ」の音色が響いている。三年生のコール練だ。ひよひよと頼り無げな、それでいてどこか陽気な、のどかな曲。だが音は澄み切って、油断していると時々ふいに鋭く、脳のどこか奥の方を突いた。そこには一瞬、緑の木々に、夏の日差しが照りつける光景が見えた。行ったことも見たこともないルーマニアの光景が、一瞬だけえりこの脳裏をかすめた。
タァン、と音を軽やかに響かせて、三年生がスタンプを踏んだ。



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written by Nanori Hikitsu 2004