好きな和歌

私の好きな和歌を挙げてみます。古典から現代ものまで探していきたいと思います。


<旅路>

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君が行く道の長手を繰りたたね焼き滅ぼさむ天(あめ)の火もがも

狭野茅上娘子(万葉集15-3724)

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あなたがこれから行く長い長い道をたぐりよせ焼き尽くしてしまうような天の火があればなあ。
狭野茅上娘子(さののちがみのおとめ)は、流罪になった夫、中臣朝臣宅守を思って何首も歌を詠んでいます。遠くへ行く人を偲んで、その行く道を強引にたぐり寄せ焼き滅ぼすなんて、なんという激しい女性なのでしょう。すべてイメージの世界の話ですけれど、彼女の情熱は読み手に十分伝わると思います。

我が屋戸の松の葉見つつ我待たむ早帰りませ恋ひ死なぬとに(15-3747)

(家にある松の葉を見ながら私はあなたを待っていましょう。
早く帰ってきてくださいませ。あなたを思い苦しみ死んでしまいます。)
このような歌もあります。彼女は他の歌でも死ぬ死ぬと訴えますが、歌の中でこんな直接的に、死にそうだ、苦しい、悲しい、恋しいという思いを訴える激しさに、千年の時の隔たりを越えて揺すぶられるものがあります。

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君が行き日(け)長くなりぬ山たづね迎へか行かむ待ちにか待たむ

(万葉集2-85)磐之媛命

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あなたが行ってしまってから大分経ちました。山をたづねて迎えに行こうか。それともいつまでも待っていようか。

仁徳天皇の皇后、磐之媛命(いわのひめのみこと)が、天皇の帰りを待ちわびて詠んだ歌です。彼女の歌には他にも夫を思う激しい気持ちを歌った物が多いですが、「死なましものを(こんなに苦しむよりは死んだ方がまし)」などと言いつつ、そこには何かどっしりとした安定感が有るように感じます。皇后の風格です。はかなくたおやかな愛人達と、嫉妬する皇后という図式は、記紀、万葉集のあらゆる箇所に出てきますが、皇后のこういった歌の味わい深さも素敵です。機会が有れば前後の歌も見てみてください。
君が往き 日(け)長くなりぬ 山たづの 迎へを行かむ 待つには待たじ(古事記)
軽大郎女(かるのおおいらつめ)が詠んだとされるこの歌では、磐之媛命の歌と数文字しか違いはないのですが、下の句が「迎へを行かむ待つには待たじ」になっています。「迎えに行きましょう。待つことはできません。」と、意味が大分変わっています。磐之媛命の場合は、皇后という立場で、迎えに行こうかなあ、でも待っていようかなあ、と言いつつ、現実にはじっと待っていると思われます。大人らしい分別と、倦怠感のある艶やかさの両面をにじみ出している歌だと思います。一方で軽大郎女の歌になると、「待ってなんていられない!」という強い気持ちが全面に出てきてしまいました。この若々しい激しさが大郎女の魅力でもあります。
軽大郎女は実の兄と恋仲になってしまい、その禁忌を犯したことから皇太子であった兄軽皇子は力を失い、弟の穴穂皇子に皇太子の座を奪われてしまいました。軽皇子は戦に負けて流罪となり、彼を追っていった軽大郎女と共に自害したそうです。



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written by Nanori Hikitsu 2007.5.14