好きな和歌

私の好きな和歌を挙げてみます。古典から現代ものまで探していきたいと思います。


<秘めたる愛慕>

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

風吹けば沖つ白波たつた山夜半(よは)にや君がひとり越ゆらん

(伊勢物語第二十三段)

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


伊勢物語の中でも有名な段だと思いますが、幼馴染みの間柄で結婚した二人のお話です。結婚したものの、男は女の親が亡くなると、当時の婿入婚の性質上、経済的に頼りにならなくなった女を捨てて、よそに女を作ってしまいます。それを知っていながら知らぬふりで送り出す女を逆に「浮気でもしているのでは」と疑って、男は余所の女のところに行くふりをして家の生け垣に隠れて様子をみます。すると女は上記のような歌を詠むのです。
(風に白波が立つ:枕詞)竜田山を越えて夜半あの人はひとりゆくのだろうか。
それを聞いた男は妻の純粋に自分を思う心に打たれ、妻のもとへ帰ってゆく。
そういった話です。
私はこのストーリー自体それ程好きではないのですが、この妻の詠む歌の美しさにとても惹かれます。
前半で、この二人が結婚する時詠み交わされる歌

筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
幼い頃井戸とせいくらべした私の背丈も伸びました。あなたを見ない(結婚しない)うちに。

くらべこし振分髪も肩すぎぬ君ならずして誰かあぐべき
あなたとかつて長さを比べっこした私の結わないままの髪も、肩より長くなりました。あなた以外の誰がこの髪を結わせる(成人して髪を結う)でしょう。


という歌も好きです。特に女の詠む「くらべこし」の歌は「君ならずして」とまだういういしい雰囲気を残しながら一途で女らしい情感を出していて、その後に悲しく「夜半にや君が」と歌っている大人の女へと成長しているところがいいと思います。(現実に同一人物の作った歌かどうかは別として。)

さてこの「ひとり越ゆらん」ですが、「風吹けば沖つ白波」あたりといい、結構使い回されているフレーズなのかもしれません。

二人行けど行き過ぎ難き秋山をいかにか君が独り越ゆらむ(万葉集2-106)大伯皇女

物思いにふけりながら、または何か別のことをしているとき、遠くにいる人をふっと悲しく思い出す微妙な心情を、この短いひとことはうまく表現していると思います。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉

(魚の鰭)三橋鷹女

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
一目で惹かれた句です。真っ赤な紅葉がぱっと現れたように強烈な印象。私がイメージしたのは、この樹を見ながらつっ立っている、目のつり上がった女。執念に彩られた、それでいて沈黙の中に有る美意識。(三橋鷹女1899-1972)



次へ

トップに戻る

written by Nanori Hikitsu 2005