好きな和歌

私の好きな和歌を挙げてみます。古典から現代ものまで探していきたいと思います。


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梓弓引津の辺(べ)なる名告藻(なのりそ)の花
摘むまでに逢はざらめやも名告藻の花

柿本人麻呂。旋道歌。(『万葉集』7-1279)

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引津の辺りに生えるなのりその花を、摘むまで会えないなんて、そんなこと言わないで。ああなのりその花。

・・・これはかなりの意訳ですが。大体そういった意味合いの歌です。

「名告藻(なのりそ)」とは、ホンダワラという海藻の古語です。これと、「名告りそ」(名乗ってはいけない)という古語を掛けているのです。(「そ」は禁止を表す)
昔の和歌はよく掛詞、いわゆるシャレを多用していましたが、このような言葉遊びを使うことで、言葉に深みやいろんなニュアンスを加えることができたのでした。
この歌もそのような味わい深い歌で、短い言葉の中に壮大なドラマが隠れています。
「梓弓」は枕詞で意味はありません。
引津は現在の福岡県糸島郡志摩町のようです。

この歌を見ると、柿本人麻呂は、誰かわかりませんが女性に、「名告藻(ホンダワラ)の花が咲いてそれを摘むまでは、お会いできないでしょう。」というような感じのことを言われたようです。人麻呂は「逢はざらめやも(逢わないなんてそんなことがあっていいだろうか)」と嘆きます。
そう、当時の人々には常識だったようですが、ホンダワラは先述の通り海藻で、花は咲かないのです。
花が咲かない・・・ということはつまり、彼女はもう二度と人麻呂と会わないと言ってるんです。

どういう事情があったのかまでは知りません。要するに彼は女性に振られてしまったのですが、この歌の雰囲気からすると、それは彼女の心変わりというよりも、もっと別な事情があって、女性の意に反して離れねばならなかったのではないかな・・・と、私はこの歌を初めて読んだ時に思いました。

もちろんこの歌を作った人麻呂が、自分で彼女の言葉を脚色して美しく述べているのであって、彼女はただ「もうお会いしません」と一言言って去っていっただけなのでしょう。でも、「名告藻の花」などというゆかしい言葉を使うことで、その女性の美しく、悲しげで、繊細な美貌まで見えるかのようではありませんか。愛した女性を、間接的にこんなに美しく歌い上げるなんて、驚きさえ感じます。

更に、このホンダワラが「名告藻」と呼ばれるようになったのにも美しいエピソードがありました。


◆ 十一年の春三月の癸卯(みづのとう)丙午(ひのえうまのひ)に、茅渟(ちぬ)の宮に幸す。衣通郎姫、歌よみして曰く、

とこしへに 君も遇へやも いさなとり 海の浜藻の 寄る時々を

時に天皇、衣通郎姫に謂(かた)りて曰(のたま)はく、「是の歌、他人(あたしひと)にな聆(き)かせそ。皇后、聞きたまはば必ず大きに恨みたまはむ」とのたまふ。故(かれ)、時の人、浜藻をなづけて「なのりそも」と謂(い)へり。(日本書紀)


允恭天皇には皇后の他に愛している女性がいました。それが衣通姫(そとおりひめ)です。名前の通り、着ている衣服を通り抜けて外に輝きが現れてしまうくらい美しい女性だったそうです。しかし、皇后の嫉妬が激しく、天皇もそうしばしば衣通姫のもとへ通うことができませんでした。姫がいたのは河内の茅渟宮というところです。久々に天皇が姫の元を訪れたとき、姫は歌を詠みました。

「いつもいつもあなた様にお会いしたい。でも、そんなことができるでしょうか。浜に寄せる海藻のように、あなた様は時々しか寄って下さいませんから。」

それを聞いた天皇は、仰せになられました。
「このような歌、皇后が聞いたら嫉妬するから、誰にも言ってはいけない。」
以来、人々は浜に寄せる藻を「なのりそ(名乗ってはいけない・・・誰にも言ってはいけない)藻」と呼ぶようになったそうです。(誰にも言ってはいけないはずなのに、「誰にも言ってはいけない」と言った天皇の台詞まで人々は知ってしまってるようですね・・・)

「(な)きかせそ」、から「なのりそ」への繋がりが不明ですが、当時の命名譚にはありそうなパターンですね。

衣通姫の悲しい歌の雰囲気といい、この名告藻には昔の人々の悲しい思いが込められているかのようです。

実際ホンダワラはそれほどロマンチックな外見の植物ではありませんが、古代の人々の言葉に対する思い入れと想像力は素晴らしいと思います。

この衣通姫の話を頭に入れてもう一度上の旋頭歌を読むと、その女性はひょっとしたら、とても美しい人だけれど、正式な奥さんではない恋人だった・・・そして、名乗ることさえ憚って黙って去っていった女性だったのかもしれない・・・などと、想像は膨らむばかりです。


※「旋頭歌」は五・七・七・五・七・七の和歌。

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written by Nanori Hikitsu 2005.11.1