甃のうへ
三好達治

あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほひ
廂廂に
風鐸のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃のうへ





 卒業式の光景といえば女性の袴姿を思い浮かべる方も多いのではないだろうか。それにしてもどうして卒業式に袴を着るのだろうか。とある女子大では、卒業式の服装として「袴姿が望ましい」とされている。振袖は式典にはふさわしくない、また、袴姿でも、矢絣(腰元の着物の定番ですね)は正装としてふさわしくないとされている。伝統にうるさい女子大の、権威を誇る日文科の、特に厳しかった教授が、数年前に卒業式の服装に関していろいろ取り決めたらしい。
 しかしそもそも袴姿は大正の女学生の普段着ではなかったのか?それなら未婚女性の第一礼装である振袖の方が、式典にはふさわしいのではないか?という疑問が当然湧き起こる。

 調べてみると、一般の女性が袴をはくようになったのは1871年(明治4)頃からのようだ。初め女学校の教員が着用していたが、1878年頃から女学生が紫の「行燈ばかま」(ズボンのように二股にわかれていない、筒型の袴。)をはくようになる。当時女性の社会進出のための第一歩は、教育を受けるということだったのではないだろうか。もちろん、女学校などに通えるのは一部の上流階級だけで、女学校の教師はその卒業生であって教育者である。彼らは社会的にそれなりのステイタスを持っていたし、その気概というものも有っただろう。彼らの服装としての袴姿、と考えると、公の場における、個人ではなく公人としての正装というような意識から、この袴が着用されたのではないか、という考え方があるようだ。

 そういうことから女学生の袴スタイルが定着し、実際に和装の習慣が無くなった現在でも、学業に関する第一の式典としての卒業式に、女学生や女性教員の袴姿が伝統として残っているのかもしれない。とはいえ、卒業式に袴、というのはわりと最近流行しだしたことなのかもしれない。というのも、私の母親の世代ではあまり見かけられなかったらしいのだ。

 そういうわけで、一応学業を修めた女学生としての誇りが有るならば、卒業式に袴姿をするのも一つのスタイルとして相応しいのだと、納得するに至った次第である。

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